フランスを中心に個性のあるワインと誠実に向き合うインポーター、ヴォルテックスの小林僚生さん。
小林さんの最近のmy favoriteな造り手はタイユール・クイユール。
偶然、サロンで出会った”これから”の二組。ビュジェというメジャーとは呼べないエリアでコツコツとワインを造るタイユール・クイユールのジョルダン&クロエのお話を伺いました。
轟木渡(とどろき酒店)
__早速、今回のボトルは……。
小林僚生(ヴォルテックス)
さっそく開けてみましょう。「Kobla 2023」です。
__今回の生産者については、正直、ほとんど情報がなかったんですよね。
それ、逆にうれしいです。せっかくなら、まだ知られていない、でも本当にいい造り手を紹介したくて。フランス東部・ビュジェ地方(サヴォワとボージョレの間)にある「タイユール・クイユール(Tailleurs Cueilleurs)」というドメーヌで、僕自身も最初に出会ったときはなにも知りませんでした。ただ、最初の印象が、ずっと残っていて。ここは絶対に紹介したい、そう思いました。
偶然のサロンから、すべては始まった
__今回の生産者は、どのようなタイミングで出会ったのですか?
2022年の1月、フランスで開かれたサロンウィークの小さな試飲会場でした。僕にとってはヴォルテクスに入って最初の出張で、品種名もまともに覚えていないくらいのド素人。とても緊張していました。
__最初の印象は、どうでしたか?
彼らもその年がファーストヴィンテージで、サロンへの出展は初めてでした。お互いに緊張していて、どこか空気感が似ていると感じたんです。白は残糖が15グラムぐらいあって、ジュースみたいな味わい。赤もまだ若くて、ヌーボーっぽさが残っていた。完成品というより“これから”っていう感じでした。
ドメーヌ名は「タイユール・クイユール」ですが、僕らはふたりの名前を取って「ジョルダン&クロエ」って呼んでいます。彼ら自身もそこに強いこだわりはなく、そのほうが伝えやすいと思っています。
__そのとき、すぐに取り扱いを決めたわけではなかったのですよね。
そうですね。味の完成度というより、ふたりの佇まいや姿勢に惹かれた部分が大きかったんです。「日本に入っていますか?」と聞いたら、「まだ決まってない」と言うので、連絡先だけ交換して、「4月に社長がフランスに来るので、よかったら訪問させてください」と伝えました。
__その後、訪問してみていかがでしたか?
実はその出張、30日間で50人くらいの生産者を回るスケジュールで。未知の造り手をそこに組み込むのは、正直かなりプレッシャーがありました。ただ、訪問してみて「やっぱり間違いなかった」と思いました。立野さん(注:ヴォルテクス社長)にも「これはでかした!」と言ってもらえて、それもうれしかったですね。
__決め手になったのは、どのあたりだったのでしょうか?
とにかく真面目で、ワインから「人生をかけている」という姿勢が伝わってきました。畑の状態や手のかけ方を見て、これは間違いなく、いい造り手になると思いました。
ジョルダンとクロエが耕すもの
__ふたりのバックグラウンドについて、教えていただけますか?
ジョルダンはアルザス出身で、クロエは南仏の出身です。
2018年、アルザスのドメーヌ・ビネールで、収穫の手伝いに来ていたふたりが偶然出会いました。そこから親しくなって、それぞれ修業を重ねながら、独立に向けて動いていった、という流れです。
ジョルダンはシュレールやビネールをはじめ、アルザスの複数のドメーヌで10年ほど経験を積みました。クロエはそれより少し短いですが、南仏を拠点に全国のドメーヌを回り、4〜5年、収穫や醸造に携わってきました。ふたりとも短期ではありますが、イタリアやジョージアにも行っていて、行動力と好奇心の強さを感じます。
__現在の畑は、どれくらいの規模なのでしょうか?
全部で4.5ヘクタール。品種はほぼガメイで、白はシャルドネのみ。毎年2〜3樽くらいしか造らない、かなりの少量生産です。たとえば「Kobla」「Grenala」「Novera」といったキュヴェは、すべて区画違いのガメイ。標高450〜500メートルほどの場所に点在していて、それぞれキャラクターがまったく異なります。
__どのような哲学でワインを造っているのですか?
いちばん大きいのは「亜硫酸ゼロ」です。完全に使っていません。「自分たちが飲みたいワインは、そういうものだから」と言い切っています。だからこそ、醸造は丁寧に行わなければならないですし、なにより健全なブドウを育てることが絶対条件になります。
彼らのスタイルは、畑にとても比重があります。仕事の8〜9割が畑。収穫量も「減らす」のではなく、「木が健康になるように整える」という考え方です。剪定や残す芽の数も、木の状態を1本ずつ見ながら決めています。
__収穫量は、年によってかなり差が出るのではないですか?
出ます。霜が降りた年は、程度にもよりますが、ひどいと収量9割減になることもあります。それでも「木をリスペクトして、自分たちのワインを造りたい」という姿勢はブレません。残ったブドウだけで、いいワインを造る。その覚悟は、本当にすごいと思います。
__味わいの特徴について教えてください。
どのフェーズでも楽しめるワインです。若いうちはエネルギッシュで、果実味の凝縮感が際立ちます。時間が経つと、複雑さが出てきます。ちょっと残糖があったり、揮発酸を感じたりすることもありますが、醸造が丁寧なので、ネガティブに傾くことはありません。むしろ、ポテンシャルの高さを感じます。
__そうした魅力は、飲み手にも伝わりそうですね。
僕もそう思います。水っぽいワインが1本もないし、最後の一滴まできちんとおいしい。本当の意味で“畑が命”と言える造り手だと思います。

スカッシュが教えてくれたこと
__ところで、小林さんがこの世界に入ったきっかけは、何だったのですか?
立野さんのことは、実は小学生の頃から知っていました。僕が通っていたスカッシュクラブに、夜になるといつも車で来ていた声の大きなおじさんがいて、それが立野さんでした。父が僕の練習に付き添ってくれていて、「誰かいい練習相手いないかな」と探して、声をかけたのがきっかけです。そこから2年ほど、立野さんと一緒に練習していました。
その後、クラブ自体はなくなり、スカッシュとしての縁はいったん途切れましたが、父と立野さんの関係は続いていました。ある日、ふたりで食事に行った際、父が「自分はお酒がまったく飲めない」と話したところ、立野さんが「実は自分もそうだった」と話したそうです。
ただ、「ナチュラルワインなら身体にもすっと入ってくるし、本当においしい」と勧められて、父が興味を持ち、実際に飲んでみたところ、身体にも合ったようで、それ以来、家にワインがどんどん増えていきました(笑)。
__その流れで、「うちで働かないか」と声がかかったのですか?
はい。父がすっかりハマって、たまに一緒に食事をしながら僕も少し味見するようになり、自然とワインが身近な存在になっていきました。大学生くらいの頃から、「うちで働いてみないか」と声をかけてもらうようになりました。
ただ、その時点では、一度きちんと社会に出てみたいという気持ちが強く、大企業に就職しました。半年はアメリカでの研修もあり、とても楽しかったのですが、帰国後はどうしても考え方が合わず、1年半で退職しました。
__そこから、再びスカッシュの道に戻られたのですね。
はい。いったん本気でやり切りたいと思い、プロとして活動を再開しました。その後、2020年2月にフランスに拠点を移したのですが、すぐにコロナ禍となり、ロックダウンが始まりました。3か月ほどは、ほとんど何もできない状態でした。
__その期間に、フランス語を学ばれたのですか?
そうです。「どうせ時間があるなら勉強しよう」と思い、独学でフランス語を始めました。半年ほどで日常会話には困らなくなり、その後は活動を続けながら、フランス各地でワインの試飲を重ねていきました。ロワールではレ・ヴィーニュ・ド・ババスやジャン・クリストフ・ガルニエを訪ね、翌年の修業先を探していました。
__その経験が、現在につながっているのですね。
まさにそうですね。ロワールとジュラ、それぞれ1年ずつ修業させてもらい、畑仕事から醸造まで一通り経験しました。週末は他の生産者を訪ねたり、手伝ったりして、最後の年はリヨンを拠点に、フランス各地を回りながら新しい造り手を探す仕事をしていました。
__スカッシュの経験は、今の仕事にも生きていますか?
かなり生きていると思います。特に、大事な場面で集中力を高める感覚ですね。あとは体力も必要なので(笑)。
伝えるために、選び抜く
__インポーターとして、生産者を選ぶときに、特に大切にしていることは何ですか?
一番は「基礎があるかどうか」です。ワインが売れるから扱う、というスタンスは取りたくありません。ちゃんと畑仕事をしているか、醸造においても、最適な収穫日や澱引き、瓶詰めのタイミングを自分で判断できているか。そこがすべてだと思っています。
最近は供給量が増えて、新しい造り手もどんどん出てきていますが、中には勢いだけで始めてしまう人もいます。たとえば初ヴィンテージは良くても、そのあとが続かないケースも少なくありません。蔵付き酵母の問題もありますし、経験や視点の差がワインに表れるんですよね。
__継続して付き合うかどうかの判断も、かなりシビアになるのですね。
そうですね。ここ1年半ほどで、10人くらいの生産者とお別れしました。ただ、その代わりに新しく加わったのが5人います。その5人は全員、「この人のワインを、自信を持って薦められるか」という視点で選んでいます。
__味わいの変化というより、スタンスの問題なのでしょうか。
そうですね。正確には、「今の自分たちのスタンスに合っているかどうか」です。だから、昔からの付き合いがあっても、「ごめん、今回は扱えない」と伝えることもあります。
__それは、簡単な判断ではないですよね。
でも、迷いながら薦めても、その迷いはお客さんに伝わってしまうと思うんです。だったら、ちゃんと理由を説明して、納得したうえでやめる。そのほうが生産者にとっても誠実だと思っています。逆に、続けると決めたときには、自信を持って向き合うことができます。
__「続ける」と判断している生産者には、どんな共通点がありますか?
最近でいうと、ジュリアン・クランカンやトリスタン・ランボン。ふたりとも若いですが、クオリティが安定していますし、毎年きちんと自分たちのワインを造っています。2021年から2024年まで、気候も条件もバラバラでしたが、どの年もおいしい。そういう生産者は、ほんとに少ないです。
__この人のワインを薦めたいかどうか、そこが基準なのですね。
はい。それがすべてだと思います。どの生産者にも、それぞれの哲学やリズムがあります。だからこそ、こちらも「なぜ扱うのか」「なぜ伝えるのか」を明確にしておかないと、言葉に重みが出ません。そういう意味では、選ぶことと伝えることは、セットだと考えています。
小さな森が、未来になる
__ジョルダン&クロエの畑は、風景まで含めて印象に残りますね。
あのふたりは、生態系ごと畑を見ているんです。たとえば果樹とかハーブの木を植えていて、それが育っていくことで区画全体が豊かになり、将来的には、森のような畑になっていくかもしれないと話していました。
__ワイン造りというより、土地づくりに近い考え方ですね。
まさにそうです。隣の区画で農薬を撒かれても、すぐに何かでブロックしようとはしません。そういう場合も、時間をかけて木を植え、10年ほどかけてゆるやかに防いでいく。それも含めて畑の一部、という感覚なのだと思います。
__そうした発想は、すぐに結果を求めがちな今とは対照的ですね。
そうなんです。でも彼らは、「今すぐ成果が出なくても、いつか誰かが“やっていてくれてよかった”って思ってくれるかもしれない」と話していました。自分たちの代だけでなく、その先まで見据えている。あの視点は、本当にすごいと感じました。
__「いいワインを造ること」は、そうした価値観からも生まれているのでしょうか。
たぶん、そうだと思います。目先の収量とか効率ではなく、10年後、20年後に木がどう育っているか、畑がどんな表情になっているか。そういう目線で畑を見ているからこそ、彼らのワインには、ぶれない芯が息づいているのだと思います。
ぶれない芯が、すべてを支える
__ジョルダン&クロエのワインは、最初から飲みやすいのに、飲み進めるほどに深くなっていきますね。
たとえば、2023年ヴィンテージの場合、ほとんどすべてのワインが3日間かけて徐々に開いていきます。1日目はまだ少し硬さがありますが、2日目、3日目とどんどん変化していく。時間をかけて向き合えますし、グラスが進むごとに新しい表情を見せてくれます。余白があるぶん、芯の強さがはっきり見えてくるのですよね。
__それは、やはり畑の力なのでしょうか。
畑と醸造の丁寧さが、ワインの芯を支えているのだと思います。亜硫酸を使わないため、ネガティブな要素が出る可能性はありますが、それを他の要素で補い、結果的には魅力として成立させている。そのバランス感覚が、非常に優れていると感じます。しかも、2021年から2024年まで、寒い年も暑い年も、安定しておいしい。若手で、これだけ信頼できる造り手は、本当に多くはありません。
__派手な個性を前面に出しているわけではないのに、記憶に残ります。
そうですね。いわゆる“キャッチーさ”はありませんが、一つひとつの判断がきちんとしている。だからこそ、ワインに軸があります。ラディカルに見えて、実はとても緻密。そういう造り手は、自然と信頼が積み上がっていくのだと思います。
__こうしたワインが、少しずつでも広まっていくといいですね。
福岡は、きちんと味わって飲む方が多い土地だと感じています。こういう地味だけれど芯のあるワインは、時間をかけて、じわじわと届いていくのではないでしょうか。
一本のワインに、ふたりの時間が流れている
__今回は、このジョルダン&クロエを紹介していただき、ありがとうございました。
こちらこそ、こうしてきちんと紹介できてうれしいです。まだほとんど知られていませんが、本当にすばらしい造り手です。
__このボトルを飲んでいると、彼らの暮らしや時間の過ごし方が浮かんでくるような気がします。
それは、すごくわかります。畑で過ごしてきた時間や、ふたりが重ねてきたやりとりが、そのまま液体に流れ込んでいるような感じがするんですよね。情報が多くなくても、そういうものは、ちゃんと伝わると思います。
__「時間が味になる」って、まさにそういうことかもしれませんね。
そうですね。派手さはないけど、静かに、強く届く。1杯のなかに、ふたりの姿勢や暮らし、価値観がにじんでいる。そうしたワインを、これからも大切に届けていきたいと考えています。





畑に重きを置き、あせらずマイペースな栽培と醸造。芯のありそうな2人と話をしてみたい!