フランスを中心としたヨーロッパ各国のワインを輸入する野村ユニソンの美野輪さん。
最近のmy favoriteな造り手はブリュノ・シュレール。
フランスの東部アルザス地方の昔ながらの家族経営のドメーヌ「ジェラール・シュレール」で、現在ワインづくりを担っているブリュノについてお話を伺いました。
轟木渡 (とどろき酒店)
____ 今日は、このボトルから始めましょうか。シュレールの「Pinot Gris Réserve 2018」。ちょっと冷えすぎてるかもしれませんけど。
美野輪 賢太郎 (野村ユニソン)
いえ、これぐらいがいいんです。温度が上がってくると、香りが膨らんできますから。
____ このワインを飲むと、なんというか……「時間が味になる」って感覚がありますよね。
そう。抜栓したばかりはまだ固い。でもそこから少しずつ、ちゃんとほどけてくる。まとまっていく。それって、まさにシュレールそのものなんです。人も、ワインも。
あの一本から、すべてが始まった
____ そもそも、美野輪さんがナチュラルワインと出会ったのって、いつ頃だったんですか?
最初に関わり始めたのは、1990年代の終わりごろですね。当時勤めていたインポーターで、ラピエールとかグラムノンとかを扱っていた時代です。当時は今みたいに「ナチュラルワイン」という言葉すら一般的ではありませんでした。
____ それが、シュレールにつながっていく……?
シュレールが日本に入ってきたのは、当時勤めていたインポーターに、マルセル・リショーから紹介されたというカタチでした。ただ正直に言うと、私自身は最初に飲んだとき、「ああ、これが有名なシュレールか」くらいの印象だったんです。当時はビネールの方が親しみやすく感じてましたね。でも……。ある時に飲んだある一本が、すべてを変えてしまった。
____ どんなワインだったんですか?
「ピノ・ノワール・シャン・デ・ゾワゾー(Chant des Oiseaux)」という2001年のキュヴェです。まだ名前も知られていなかったけど、飲んだ瞬間にもう、身体が固まってしまったというか。色は薄いのに、ブルゴーニュのピノ・ノワール以上に官能的で緻密で、深かった。あの一口で、「この人、とんでもないぞ」と思わされました。
____ “造り手の存在”を、ワインから強く感じた?
そうですね。それまで以上に、“誰が造っているのか”ってことが、グラスの向こうから迫ってくるような。あのような感覚は、あのときが初めてだったかもしれません。
____ それで、実際に訪ねて行かれたんですね。
はい。初めてシュレールのもとを訪ねたのは2009年でした。
ブルーノ・シュレールという造り手とは
____ その頃って、ちょうどシュレールにとっても大きな節目の年だったんですよね?
そうなんです。2005年くらいまでは、SO2(酸化防止剤)を少し加えた造りをしていたんですが、そこから徐々に造りが変わっていって。親父さんのジェラールが畑をやって、息子のブルーノが醸造を担当するという体制だったんですけど、ブルーノはアレルギーがひどくて頻繁には畑に出られなかったので、ジェラールと鏡健二郎さん(日本人醸造家)が畑を支えていたんです。でも、その後、鏡さんが離れることになり、ブルーノが畑にも立たざるを得なくなりました。
____ 造り方をガラッと?
ええ。特にイタリアの某生産者の影響でSO2の使い方が大きく変わりました。その影響もあって、2010年のヴィンテージあたりはかなり不安定だったんです。ジェラールも高齢で、畑を続けるのも容易ではなくて。地元の若い子を雇いながら、なんとか現場を維持している状態で……。「あんなにすごかった造り手が、こんなに不安定になるなんて」と驚いた人も多かったと思います。
____ 実際、飲んでいてそう感じる部分もあったんですか?
ありました。でも、それでも離れられなかったんですよね。ブルーノは昔から日本人をよく受け入れてきた人で、日本に対して特別な感情を持っていて。現地で飲むとやっぱり……感動するんです。だから2014年、東京で“10〜12年ヴィンテージ縛り”の試飲会をやったんです。久しぶりに抜栓したら、あれだけ不安定だったワインが、ビシッと焦点が合っていて、香りも直線的。きれいにまとまっていたんです。
____ 数年寝かせるだけで、そんなに変わるんですね。
ええ。“置くこと”でワインがまとまる──それを教えてくれたのもシュレールなんです。今、目の前の状態がすべてじゃない。その可能性を信じて預かって、育てて、飲み手に渡していく。それがインポーターの役目なんじゃないかって思わせてくれました。
綿密でいて、感覚の天才でもある
____ 話を聞いていると、ブルーノさんって“自由人”というか、すごく感覚で動くタイプの印象を受けますね。
いや、それがね……実際に会うと驚くんですよ。僕も最初は「どちらかというと、ざっくり造っているタイプなのかな」と思ってたんです。でも、違った。
____ 違った?
めちゃくちゃ緻密。今は区画も増えたのでホワイトボードを使って、30区画を細かく管理してるんです。現場は、ちょっと研究所みたいな雰囲気もあるんですよ。「100%納得してないことはやらない」っていう人で。
____ ストイックですね。
でもその一方で、やっぱり“感覚”の天才でもあるんです。1カ月前に開けたボトルを「ちょっと飲んでみて」って出してくる。普通なら酸化してるだろうと思うじゃないですか。ところが、全然違う。フレッシュで、香りも味もピンと張っていて……「うわ、信じられないな」って。
____ 抜栓してそんなに経っても、整ってるんですね。
そうなんです。彼は「時間を味方につける」造り手なんですよ。日本で飲むと、輸送の直後だったりして「ちょっとまめっぽいな」と感じることもあるけれど、“動かした日数分、休ませる”──それだけで、現地で飲んだときに近い味になる。シュレールのワインって、抜栓直後で判断しちゃダメなんです。
____ なるほど。人間味があるというか、変化を前提としているワインですね。
まさにそう。集中力があって、ギュッと詰まっていて、それでいて、時間とともにちゃんとほぐれていく。ちょっとずつ話してくれるタイプのワイン。ブルーノ自身が、まさにそういう人ですから。
還暦を迎えたブルーノの素顔
____ ブルーノさん、今年還暦を迎えられるんですよね。
そうですね。今年の春に訪ねたとき、「これは今年還暦を迎えたときに開けようと思ってるんだ」って言いながら、1965年のバローロを見せてくれたんです。その瞬間に「ああ、やっぱりこの人、イタリア好きなんだな」って思いましたね(笑)。

____ イタリアワイン、好きなんですね。
大好きです。奥さんがイタリア人というのもあるけど、それ以上に自分自身が惚れ込んでいる。9割イタリアワインしか飲まないっていうくらい。アルザスの造り手って、どちらかというと保守的で、地元志向が強かったりするんですけど、ブルーノは本当に珍しいくらいオープンなんですよ。
____ そういう“人間らしさ”って、ワインにもちゃんと表れている気がします。
そう思います。僕らにとってはもう、ただの取引先じゃなくて、ほとんど“家族”みたいな存在。ブルーノのお母さんが、畑作業をしている人たちに出してくれるお昼ごはんがあるんです。僕もそこに混じって一緒に食べることがあるんですけど、本当に泣けるくらいおいしくて。行くたびに、「帰ってきたな」って思います。

変わらないものを、これからも届けていく
____ シュレールは、これからも変わらず続けていく造り手ということですね。
はい。やっぱり、ここまで信じ続けてこられた造り手って、なかなかいないですし。「これからもこの人のワインを届け続けたい」──そんなふうに思い続けられる造り手です。
____ 時間をかけて向き合うほどに、返してくれるワインですよね。すぐにはすべてが伝わらないというか。
そう。誰にでも一瞬でわかるタイプじゃない。でも、時間をかけて向き合えば向き合うほど、奥行きが見えてくる。そういうワインって、実はあまり多くないんです。
____ 自然派ワインの中でも、“軸”みたいな存在に思ってる人、多いと思います。
それはうれしいですね。でも、彼自身は「自然派だからこう」とか、あんまり意識してないと思うんです。ただ、「自分が納得するか」「人が飲んで幸せか」──それだけ。その姿勢が、すごく自然でまっすぐだなと思います。
____ インポーターとして、そういう造り手と一緒にやっていくって、どういうことなんでしょう?
その人のワインを信じて、ちゃんと届けること。ちょっと今の味わいが不安定でも、今すぐ売れなくても、きっとどこかでわかってくれる人がいると信じて、預かること。シュレールからは、その大切さを教えてもらいました。
たぶん彼も、ワインをボトルに詰めるときに、「いつか誰かに届く」と信じてると思うんですよね。そこに共鳴できる限り、ずっと一緒に歩いていきたいと思っています。
誰にでも、ではなく、誰かのために
____ 現在、シュレールはフランスやアルザスではどんな立ち位置にあるのでしょうか。
正直、フランスで扱っている店は減っています。でもそれは、人気が落ちたとかじゃなくて、ブルーノ自身が「意図が伝わらない相手とは仕事をしない」というスタンスを変えていないからなんです。
____ 通じ合える相手としか関わらない。
ええ。神格化されるのも嫌っていて、「お互い理解し合える人とだけ向き合いたい」っていう考え方がある。日本で扱っているのは、弊社と、あとはもう一社だけ。それ以上は広げていません。
____ 潔いですね。でも、そのぶん「このワインがある今」を大切にしたくなりますね。
本当にそうなんです。毎年、「今年もシュレールのワインを届けられたな」って思うたびに、あらためてその意味を噛みしめます。いつまでもあるものじゃないからこそ、1本1本がいっそう愛おしく感じられるんですよね。
____ 畑を手伝っている方や、造りを引き継ぐような人はいるんでしょうか。
今のところはいません。ただ、シュレール家のやり方を理解して、受け継いでくれる人が現れたら、それはすごくうれしい。でも仮にそうならなくても、僕たちにできることはあると思っていて。
今あるワインを、ちゃんと預かって、ちゃんと届けていくこと。「好きな人に、ちゃんと届いてほしい」──その気持ちは、変わらずに持ち続けています。
____ “継承”ではなく、“記憶に残す”という形かもしれませんね。
それでもいいと思っています。シュレールのワインは、“消費される”ためのワインじゃない。ちゃんと向き合った人の心に残る──そういう存在であってほしいんです。
ワインを預かるという仕事
____ 美野輪さんのお話を聞いていると、もはや“ワインを輸入する”というより、“彼の表現を預かっている”という印象すら受けます。
ああ、それはありますね。「商品を扱っている」っていう感覚は、正直まったくないんです。現地に行って、今季はどんな年だったのか、ブルーノが何を思ってこのワインを仕上げたのか──。それをちゃんと聞いて、感じ取って、日本の飲み手に伝えることが自分の役割だと思っています。
____ 1本のワインに、その年のストーリーが詰まっている?
詰まっていますし、もっと言うと“その人の人生そのもの”が宿っている。たとえば2021年。大変な年で、収穫量も少なく、他生産者からの買いブドウを調達して仕込んだんです。本人にとっては悔しさもあったと思います。でもその中でも「これが自分の味」と思えるところまで持っていく。“妥協しない姿勢”に、改めて圧倒されました。
____ 美野輪さんにとって、そういう造り手と向き合うことの意味は大きいですよね。
そうですね。ワインって、ラベルや品種で語られがちだけど、それだけじゃない。その背景にある「人」や「思い」を知ってから飲むと、まったく違う景色が見えてくるんです。
____ “全部を説明しすぎないけど、語れる人でありたい”という距離感にも感じられます。
はは、たしかに(笑)。僕らインポーターって、表に立つ仕事じゃないけど、どこに光を当てるかは選べる立場にある。だからこそ、シュレールのような造り手には、ちゃんと光を届けていきたいんです。大きな声で広げるというより、「必要としている誰かのもとへ、ちゃんと届くように」。
この一本のなかに、彼がいる
____ 今日開けたこの「Pinot Gris Réserve 2018」。最初はちょっと無口な印象だったけれど、いまはもう、いろんなことを語ってくれている気がします。
そうなんです。このワインを飲むと、いつも思うんですよね。「ああ、ブルーノはまだそこにいるな」って。たとえ彼がいつか造りをやめたとしても、多分やめないけど、この彼のワインがちゃんと生きていてくれたら、それでいい。
____ 彼が人生をかけて詰め込んだものが、ワインとして残る。
ええ。僕にできるのは、それを預かって、壊さないように現地と同じ状態で届けること。たとえば誰かが「おいしい」と言ってくれたとして、それがどんなふうに届いているのか、ブルーノには直接伝わらないかもしれない。
でも、僕がその声を聞いて、形を変えてでも届けていくことはできる。そこに、この仕事の意味があると思っています。
____ まるで、造り手と飲み手のあいだで“通訳”しているような。
そうですね。シュレールのワインって、派手さはないし、わかりやすさもない。でも、ちゃんと向き合えば、静かに語りかけてくれる。
だからこそ、「わかってくれる人が飲んでくれたら、それでいい」と、心から思えるんです。
____ 飲んでいるうちに、いつの間にか“会話”しているような感覚になりますね。
まさに。それってすごく贅沢な体験だと思うんです。
だから、できるだけ多くの人に届けたいというより、“届くべき人のもとに、ちゃんと届いていてほしい”。今も、これからも──その気持ちはずっと変わらないと思います。

 
   
           
         
           
                     
                          

 
                          
 
                          
 
                          
美野輪さんのお話を通してシュレールの人柄やワインとの真摯な向き合い方を知ることで、今までとは違った風景が想像出来ました。