
蔵に冬の気配が満ちてきました。耳納連山から吹き降ろす風は鋭く、筑後川の水面も凍てつくような静けさを湛えています。朝の蔵に足を踏み入れると、空気がきりりと引き締まり、吐く息が白く立ちのぼる。冬は、酒造りにとって特別な季節です。寒さがもろみをゆっくりと育て、発酵のリズムが深く、力強くなっていく。まるで、自然が酒に語りかけるような時間が流れています。
12月の蔵では、もろみの管理が中心となります。製造リーダー波方を筆頭に、蔵人たちはそれぞれの役割を果たしながら、酒の誕生を支えています。
蔵の緊張感が高まるこの時期、現場の要として立つのが製造リーダー・波方です。仕込みの一日一日が滞りなく進むよう、事前準備を徹底し、現場の動きと日々の数値を丹念に確認しながら、次の一手を打つ。その姿は、まるで冬の空気を切り裂くような凛とした佇まいを持ち、蔵のリズムを整える指揮者のようでもあります。
彼の眼差しは、米の蒸し加減や麹の育ち具合、酒母の呼吸にまで及び、微細な変化を見逃しません。冬の静けさの中で、波方の動きは決して派手ではないけれど、確かに蔵の鼓動を支える力となっているのです。
中村は米の全体管理を担い、仕込みに使う米の状態を見極めながら、蔵のリズムを整えています。米の声に耳を澄ませ、日々の変化を捉えるその姿勢は、酒造りの根幹を支える要です。
白水は、もろみの経過を丁寧に記録し、PCにまとめながら、今後の振り返りに備えています。発酵の微細な変化を数値と感覚の両面から捉え、蔵の知見を未来へとつなげる役割を果たしています。その記録は、酒造りの「記憶」として、次の季節への橋渡しとなるでしょう。
古賀は、蔵の中を支える縁の下の力持ち。蔵人の体調や作業の流れを気にかけながら、必要な物資を整え、時には声をかけて場の雰囲気を和らげてくれる存在です。彼女の気配りが、蔵の空気を滑らかにし、作業の連携を自然なものにしてくれます。
そして、営業の斉田は、粕はぎや米の引き込みなど、蔵作業が多い時に現れ、力を添えてくれる存在です。営業という立場を超えて、現場に寄り添い、必要なときに必要な手を差し伸べる。その姿勢は、山の壽の「全員で造る酒造り」を象徴しています。
営業部長の甲斐は、麹の分析を通して、酒の味わいの方向性を探っています。理論と感性の両面から麹の状態を読み解き、製造と営業の橋渡しを担う存在です。数字の奥にある香味のニュアンスを捉えるその眼差しは、酒の未来を見据えています。
製造部長の冨安は、造りと機械に精通した蔵の“生き字引”とも言える存在です。長年の経験に裏打ちされた知識は、仕込みの工程だけでなく、設備の微細な挙動にも目を配り、蔵の安定した運営を支えています。機械の音に耳を澄ませ、わずかな違和感も見逃さず、必要な手当てを施すその姿は、まるで蔵の呼吸を読み取るかのようです。
若い蔵人たちが迷ったとき、冨安の一言が道を照らすことも少なくありません。その存在は、蔵の知恵の源であり、静かに、しかし確かに、酒造りの礎を支えています。
“真”の酒造りにおいては、感性と経験が響き合う現場の中で、皆の判断がひとつひとつの軸となります。気づきや声を受け止めながら、全体の流れを俯瞰し、必要な調整を施す。お酒造りは、技術だけでなく、蔵人たちの信頼と共鳴によって支えられています。

この季節、蔵の中には静かな熱が宿っています。
発酵の音は、耳を澄ませなければ聞こえないほど繊細ですが、確かに蔵の空気を震わせています。もろみが歌い、酒が生まれるまでの時間は、自然と人の営みが重なり合う奇跡のような瞬間です。誰かひとりの力ではなく、皆がそれぞれの役割を果たし、互いに支え合いながら、酒は少しずつその姿を現していきます。
外では、冬の空になり、木々は葉を落とし、この時期特有の静けさが広がっています。けれど蔵の中では、命の営みが続いています。米の声、水の声、酵母の息吹、そして蔵人の手の記憶。それらがひとつになって、酒という形をとるまでの道のりは、まるで冬の夜空に星が瞬くような、静かで確かな輝きに満ちています。
12月は、酒の上槽と醪管理で忙しい時期です。寒さが増すほどに、発酵は繊細になり、判断には経験と感性が求められます。けれどその分、酒は深みを増し、味わいに奥行きが生まれる。
この季節に仕込まれた酒は、春には花のように咲き、誰かの心を温める一杯となるでしょう。
どうぞ、冬の蔵の息吹を感じてください。もろみの鼓動に耳を澄ませながら、山の壽の酒造りの旅は、これからも続いていきます。




