朝の空気が、少しずつ湿り気を帯びてきました。草の葉先に宿る露、耳納連山から吹き降ろす風、筑後川の水面に漂う秋の気配。
山の壽の蔵がある久留米は、父なる耳納連山と母なる筑後川に抱かれた土地です。古くから米づくりに恵まれ、「米藩」と呼ばれるほどの豊穣を誇ってきました。久留米という地名にも「米」の文字が刻まれていることに、私はいつも静かな感慨を覚えます。
2025年9月22日、今年の酒造りが始まりました。蔵では米洗いが始まり、麹室の準備が進んでいます。朝の蔵に足を踏み入れると、米の香りがふわりと立ちのぼり、空気が少しずつ酒造りの季節へと変わっていくのを感じます。水音、蒸気、蔵人の足音。すべてが、米の声に耳を澄ませるような静けさの中で響いています。
今の時期は、使用する米の状態を見極める大切な時間です。米の水分を計測し、洗米に使う水の温度、気温、湿度を細やかに見ながら、最良の吸水歩合を探っていきます。米が水を含むその瞬間に、すでに酒の表情が決まり始めている──そんな繊細な対話が、蔵の中で静かに進んでいます。
今年使う米は、福岡県久留米産の飯米「夢つくし」と福岡県糸島産の酒造好適米「山田錦」。夢つくしはやわらかく、包容力がある。山田錦は芯があり、凛としている。
それぞれの土地で育まれた米が、やがてこの蔵で出会い、ひとつの酒になる。
米を洗い、蒸し、麹に育てるという営みは、自然との対話であり、文化の継承でもあります。

秋の始まり、酒造りの始まり。
そして今年初めての新酒は、11月中旬の誕生を予定しています。久留米産夢つくしを使用した「山の壽 純米辛口 生」。やわらかさの中に凛とした輪郭を持つ、久留米の風土を表した山の壽らしい一本になるよう精進してまいります。
山の壽の酒造りは、チームで行います。
蔵人それぞれが異なる視点と感性を持ち寄り、米の状態を目で見て、手で触れ、香りで感じながら、酒への道筋を探っていく。誰かの判断に頼るのではなく、互いの気づきを重ねていくことで、酒はより豊かな表情を持ち始めます。
そこには、世代や経験を超えた信頼と、ものづくりへの誠実さがあります。
これから蔵は、発酵の熱と香りに包まれていきます。麹が育ち、酒母が生まれ、もろみが歌い出すまでの道のりは、まるで季節が深まるような変化に満ちています。来月には、蔵の空気がまた一段と変わっていることでしょう。
どうぞ、蔵の季節を一緒に歩いてください。
秋の始まり、酒造りの始まり。米の声に耳を澄ませながら、少しずつお届けしていきます。

 
   
           
                     
                          
 
                          
 
                          
 
                          