第1回 トム・ウェイツと飲んだ夜



ラジオを聞いていたら、フォーク・シンガーの大塚まさじさんが、かつてトム・ウェイツと一緒に飲んだことがあるというエピソードを話していた。彼は居酒屋が好きだったという。さもありなん過ぎる。今もそのへんの居酒屋にいそうだ。きっとカウンターの奥の方で、「おれじゃなくて、このピアノが酔っ払っちゃってるんであります」(Tom Waits「The Piano Has Been Drinking」)と、ぐでんぐでんになってクダを巻いている。酔っ払いすぎるとなぜか人って敬語になるよね。

 レコードの買付でアメリカを回っていたある日、予定よりも遅くまで仕事になってしまった。大量にシングル盤を保管しているディーラーの倉庫に連れて行ってもらい、熱中して見ているうちに、案の定、時を忘れた。終わった頃にはすっかり日が暮れている。雨もポツポツと降り出した。モーテルに戻るには、2時間ほど車で高速を走らなくてはならない。同行のドライバー(ぼくは免許を持ってない)もお腹が空いたという。
 近所にある安くて評判のいい中華レストランで腹ごしらえして戻ることにした。郊外の街、日曜日の夜、雨の予報という要素が重なって、オリエンタルでゴージャスな内装のレストランはガラガラだったが、味は申し分なかった。四川がルーツらしく辛味が効いている。眠気覚ましにはよさそうだ。
 車に乗り込む頃には、雨は本降りに。ひゃーと駆け込み、ドアを開ける。帰りのBGMは何にしようか。選んだ答えは、トム・ウェイツの『Rain Dogs』。「Singapore」が流れ出す。ボンネットの向こうに見える雨に中華レストランのネオンが反射して、アメリカがアジアに見えた。楽しい。大正解!
 ……と思ったのも束の間、やっぱり大失敗だったかも。さ、さ、酒が飲みたい! 「Jockey Full Of Bourbon」を過ぎて「Big Black Mariah」に差し掛かる頃には、ぼくらは車内で、うおうおと吠えていた。まるでデュエット、いや、乾杯してがぶ飲みしてるみたいに。あの日、ぼくらも雨の降るアメリカで、トム・ウェイツと飲んだ気がする。

 トム・ウェイツさん、今夜も飲んでますか?


轟木渡
轟木渡

☆トム・ウェイツ / Rain Dogs と合わせて飲みたい日本酒

独楽蔵 TAHITO(タヒト) 生酛純米
ほんのりと琥珀色でナッツやカカオのニュアンス。広がる複雑な旨みは優しく、フィニッシュはあくまでドライ。大人のお酒です。一人こんなお酒をぬる燗でゆるゆるといつまでも。トム・ウェイツってカウンターと徳利が似合いますよね。

杜の蔵 独楽蔵 TAHITO(タヒト) 生もと純米 720ml

松永良平

リズム&ペンシル。雑誌/ウェブを中心に記事執筆、インタビューなどを行う。著書に『ぼくの平成パンツ・ソックス・シューズ・ソングブック』(晶文社)『20世紀グレーテスト・ヒッツ』(音楽出版社)。Instagramにて猫イラスト「#一日一猫mrbq」随時公開中。のんべえではないですが、お酒は好きです。