ネパールには、アチャールがある。
漬物、と説明されることが多い。私もながらくそういう認識でいた。
実際に食べてみると、なるほど、たしかに漬物だ。はじめて食べたとき、小躍りするほどのよろこびを感じたのをいまでも覚えている。
というのも、私は漬物のある家庭で育った。食卓にはかならず漬物があり、それは箸休めなどという控えめな立場にはおさまっていなかった。白米のお供として堂々と鎮座し、時にはそれだけで一膳いけるほどの存在感を持っていた。さらに、食事どきのほかに10時や15時のお茶の時間に、漬物をつまみながら緑茶をすする、ということもよくあった。
漬物が生活の中心にある。そう言っても大げさではない家庭だった。
そんな環境で育った私にとって、アチャールは見知らぬ食べ物ではなかった。たしかにスパイスは効いているが、どこか懐かしい。味の構造もよく知っている。好きにならないわけがない。
ムラ・コ・アチャールという大根のアチャールなど、ほぼたくわんである。異国の地で、幼馴染に再会したような気分だった。アチャールがあってよかった、と本気で思った。
そんな知り尽くしたつもりのアチャールだったが、ヒマラヤを歩いているうちに、私はあることに気づく。アチャールは、どうもただの漬物ではないらしい。
それまで私が食べていたのは、大根などの野菜、あるいは果物を発酵させて味付けしたものだった。だから私は、それを漬物と理解していた。
しかし、ヒマラヤの村で出会ったアチャールは、様子が違った。
発酵していない。その場で、さっと作る。いわば即席のアチャールである。よく考えれば、カトマンズでも口にしていたはずである。ただ、そのときの私は、それをアチャールだと認識していなかった。
その即席アチャールは、水分が多く、どちらかといえばソースに近い。フレッシュな辛味と酸味、そしてスパイスの香りが、立ち上がるように感じられる。トマトのアチャールやゴマのアチャールなど、種類もさまざまだ。

ある村で、民家を訪れたときのことだ。サオニ(おかみさん)が、食事の準備をしながら、アチャールを作りはじめた。
石の板――シラウタの上に、材料を次々にのせていく。ニンニク、唐辛子、いくつかのスパイス、そして見慣れない小さな実。それを石で押しつぶし、擦りつけ、混ぜ合わせていく。

ごりっ、ごりっ、ごりっ。乾いた音がリズミカルにつづき、次第にそれらは一体化していく。
白っぽい小さな実を指さして「それは何?」と聞くと、「麻だよ」とサオニは言った。
麻、か。麻......?
いわゆるヘンプか、それともマリファ......いやいやさすがに食べるってことはないか。まてよ、ネパールにはそこらへんで自生しているし、こんなヒマラヤ奥地のことだ、嗜好品ではなく食用として利用していたとしても不思議ではない。
そんなことが頭の中をめぐっていたが、冷静になって見てみれば、いま目の前にあるのは実である。つまりヘンプシードだ。麻は寒冷な土地でも育ち、痩せた土壌でも問題なく根を張る。その実には脂質やタンパク質、ミネラルが含まれ、ヒマラヤでは貴重な栄養源になっているのだ。
できあがった麻の実のアチャールが、食卓に出された。
ダルバートと一緒に、それは当たり前のように皿の一角を占めていた。
ひと口食べる。
粗く砕かれた麻の実の、ざらりとした食感。ナッツ系のコクのある旨味が際立っている。そこにニンニクの刺激と唐辛子の辛味、そしてほのかな酸味が重なる。潰して混ぜた以外けっして特別なことはしていないのに、やけに後を引く。手が止まらない。
これは、もう漬物ではない。少なくとも、私の知っている漬物ではない。
そして、箸休めでもない。主役とは言わないが、これがなければ食事が成立しない、そんな位置にある。
思い返せば、実家の漬物は、私の好みによって主役級に押し上げられていたところがあった。いわば、私の推し活の成果である。しかし、ここでは違う。誰かの好みによってではなく、生活の中で自然とその位置にある。
気づけば、私はアチャールの虜になっていた。どこで食事をしても、まずは皿の端を確認する。いつでも探してしまう。どっかに君の姿を。
でも、無いなんてことはほぼない。家庭でも、食堂でも、ヒマラヤの村でも、あたりまえのように出てくる。それなのに、どういうわけか、私はそれを探すようになってしまった。中毒である。いや、合法だし、カラダにもいいから、中毒とはちょっと違う。
本能、かもしれない。
そうだ、本能がアチャールを求めているのだ。




