第八回 ニルソンと飲んだ夜

ニルソンと夢の中でお酒を飲むときは、いつも少し緊張する。ユーモラスな会話で、すぐに人を夢中にさせる魅力の持ち主だけど、瞳の奥に深いさびしさを見せる瞬間があるから。もし気を許してくれたとしたら、朝まできっと帰してくれない。

 ジョン・レノンやキース・ムーンたちとLAで破壊的な酒宴を毎晩のように繰り返していた1970年代前半(いわゆる「ロスト・ウィークエンド」)。ブランデー・アレキサンダー(ブランデーとカカオリキュール、生クリームのミックス)を浴びるほど飲んで、タバコを口から離さないチェーンスモーカーで、歌声のケアなんてまるで忘れて明け方まで大声で話し尽くした。それじゃ体にいいわきゃないよ。その挙句、ニルソンは天使の美声と呼ばれたソプラノを永遠に失った。自暴自棄な暮らしぶりの背景には、ブルックリンで極貧の少年時代を過ごした自分にとって、この成功が本物であるはずがないという意識があったと聞く。

 遊び方は破滅的で過剰だったニルソンだが、音楽に求めたのは徹底的にピュアであることだったと思う。このピュアとは「無垢」とか「不純物を受け付けない」というより、「自分という存在を100%出し尽くしたい」という意味だった。人間そのものを出すから、無茶も矛盾もある。それが彼のキャリアと音楽をわかりにくくしたが、好きになったら離れられない味にもなる。あがり症であり、世間に求められる自分を演じるのも嫌いだったニルソンは、観客の前でのパフォーマンスやライブツアーを拒否し続けた。「どうしたらこんな音楽(味)が生まれるんですか?」と聞いても、「さあね、ぼくはぼくだから」という答えしか戻ってこなかっただろう。

 生涯の親友だったヴァン・ダイク・パークスによると、ニルソンは譜面がまったく読めなかった。レコーディングのときは、ふらりと現れて、ポケットから小さなメモを取り出して、そこに書いてあるちょっとした思いつきや走り書きをもとに、ピアノを弾いて気まぐれに歌い始める。コードや音楽理論にとらわれず、メロディと言葉が行きたい方向へ歩を進めた。普段は酔っぱらいでも、音楽はふらついていなかった。

 ニルソンの歌は、やさしいけど、めちゃめちゃ頑固で、ときどきぼくらを突き放す。だけど、ニルソンとランディ・ニューマンという不器用な人間同士がふたりだけで向き合った『Nilsson Sings Newman』(1970年)の歌声を聴いていると、ぼくのくだらない相談に付き合って相槌を打ってくれている気にもなる。ニルソンともう一杯だけ飲みたい。

轟木渡
轟木渡

ニルソンと飲みたいワイン

後進に道を譲り、2025年に引退したマルク・ペノも頑固者だった。採算度外視で美味しいワインにこだわるあまり、ワイナリーの運営が止まってしまったこともあるほど。

そんなマルク・ペノは、お手軽ワインの品種と思われていたムロン・ド・ブルゴーニュ(ミュスカデ)を低収量と独自の醸造方法で、驚くほど上質なワインにできることを世に知らしめた。

彼のワインは派手ではないが、うっとりするようなハーブ、柑橘の心地よい香りが漂う。まろやかで沁みるようななめらかさの果実味は、どこまでもピュアだ。

こんな頑固者のワインならニルソンもきっと気に入ってくれると思う。

ドメーヌ・ド・ラ・セネシャリエール(マルク・ペノ) アルモリカ レプティニット2022白

アルモニカは、古木の区画で単一土壌から造られたワインを24ヶ月澱熟成し、ミュスカデという品種とその区画の土壌の個性を表現したキュヴェです。

酸と骨格がしっかりしているキュヴェで、ムロン・ド・ブルゴーニュ(ミュスカデ)のポテンシャルを再認識させられる1本です。

松永良平

リズム&ペンシル。雑誌/ウェブを中心に記事執筆、インタビューなどを行う。著書に『ぼくの平成パンツ・ソックス・シューズ・ソングブック』(晶文社)『20世紀グレーテスト・ヒッツ』(音楽出版社)。Instagramにて猫イラスト「#一日一猫mrbq」随時公開中。のんべえではないですが、お酒は好きです。