そのテントゥクは、見た目のわりに妙にうまかった。いや、見た目のわりにというのは失
礼かもしれない。
でも実際、小麦粉をちぎってスープに入れ、野菜と一緒に煮込んだだけの、ずいぶん質素
な料理だったのである。
ところが、ひと口食べた瞬間に首をかしげた。濃厚なのだ。
味が濃いわけではない。旨みが濃い。標高4,000メートル近いヒマラヤの村で、こんな味
に出会うとは思っていなかった。
これはネパール中西部のマナスルエリアを歩いていたときの話である。
その日の目的地はサムド村。中国国境にも近い、標高3,900メートルの村だ。ここまで来
ると、ネパールとはまた異なる空気が漂っている。言葉も、顔立ちも、食べ物も、どこか
チベットの匂いがする。
村に着いてまずやることは宿探しである。ただし私は、宿泊施設を探しているわけではな
い。食を探している。
もちろん寝る場所も大事なのだが、優先順位でいえば明らかに食のほうが上だ。
私が歩いているヒマラヤの奥地では、ロッジがなければ民泊をお願いしたり、庭にテント
を張らせてもらったりする。だから、寝る場所にはこだわりもないし、いざとなればどう
にでもなる。
食もどうにでもなるのだが、こだわりがあるのだ。私が極度の偏食だから、ではない。と
にかくおいしいものを食べたいから、でもない。
その土地の人が何を食べているのか。それを知りたいのである。
どんな材料を用い、どんな調理法でどんな味付けをし、どんな味をうまいと思っているの
か。そういうことを知りたくて歩いているのだから、食は重要なのである。

サムド村には立派なロッジが立ち並んでいた。村人たちが暮らす家屋の並びとは対照的
で、どこも近代的で清潔そうだ。欧米人のトレッカーたちは、そうしたロッジへ嬉々とし
て吸い込まれていった。
私は吸い込まれなかった。せっかくチベット文化圏まで来ているのに、なぜわざわざ都会
みたいな宿に泊まらねばならないのだ。
そんなことを考えながら歩いていると、ロッジ街のはずれに、ひときわくたびれた建物が
現れた。
これは民家なのか。それともロッジなのか。
ちょうど軒先に女性がいたので聞いてみた。
「泊まれますか?」
「泊まれるよ。今日は誰も泊まってないからね」
そう言って笑った。
しかも彼女は、見るからにおいしいものを作りそうな雰囲気をしている。根拠はない。だ
が、長く旅をしていると、そういう勘だけは妙によく当たる。私は即決した。

聞けば、彼女はチベット人だった。1959年、ダライ・ラマがチベットからインドへ亡命す
る際、両親がこの地へ移り住み、彼女自身はサムド村で生まれ育ったという。
そして、この村そのものがチベット人の村なのだそうだ。それなら話は早い。私はチベッ
ト料理が食べたい。いや、チベット料理以外はいらない。
そうお願いすると、彼女はみずからテントゥクを作ってくれた。
テントゥクとは、小麦粉の生地を手でちぎり、野菜や肉と一緒に煮込むチベット料理であ
る。日本のすいとんによく似ている。
私はすいとんが好きなので、この時点ですでに期待していた。だが、予想していたのは素
朴な味わいだった。
まさか、あんな濃厚な味だとは思っていなかった。
何が入っているんだ。肉か。違う。チーズか。違う。バターか。近い。スープを飲みなが
ら考えつづけ、ようやく正体を聞き出した。
ヤクだった。ヤクの肉ではない。ヤクのバターである。
しかも、ただのヤクバターではない。ヤクの胃袋に詰めて保存したものだという。実物も
見せてもらった。発酵しているのか、熟成しているのか、そのあたりはよくわからない。
だが、その長い時間を経たヤクバターが、スープに深い旨みを与えていたのである。
なるほど。うまいわけだ。

標高4,000メートル近い場所で暮らす人々にとって、ヤクは欠かせない存在だ。荷物を運
び、乳を出し、肉になり、燃料にもなる。そして、こうして旨みまで与えてくれる。
私はありがたく最後の一滴まで飲み干した。
チベットの人に出会い、チベットの動物の恵みを受け、チベットの料理を食べる。そんな
経験ができたのは、あのロッジを選んだからだろう。
もし立派なロッジへ吸い込まれていたら、このテントゥクには出会えなかったに違いな
い。
ちなみに、その宿の名前はポタラホテルという。ポタラとは、チベットのラサにある世界
遺産、ポタラ宮から取ったものだ。実にわかりやすい。
もしこれを読んでいる人で、いつかサムド村へ行く人がいるなら、ひとつだけ助言をして
おきたい。
泊まるなら、ポタラホテル一択だ。
宿泊サイトに掲載されているわけではない。検索しても出てきやしない。でも、私にとっ
ては五つ星ホテルである。あのテントゥクを食べに行くだけでも価値がある。




