第四章 凛とした冬、真の酒を仕込む

年が明け、久留米の空気はさらに澄み渡ってきました。耳納連山から吹き降ろす風は、肌
を刺すような冷たさを帯び、筑後川の水面には薄氷が張る朝もあります。蔵の前に立つと
、吐く息がまるで小さな雲のように上へ上へと昇っていきます。冬の静けさの中に、酒造
りの緊張感が漂い始めるのが、1月です。

この月、山の壽では「真行草」の“真”にあたる酒造りが始まります。全国新酒鑑評会への
出品を目指す、いわば蔵の技術と美意識の結晶とも言えるその酒は【山の壽純米大吟醸山
田錦38】。この仕込みは、蔵人たちの感性と経験、そして山の壽の思想が凝縮された営み
です。

蔵の中では、空気の粒子までが研ぎ澄まされているように感じます。米の洗い方、蒸し加
減、麹の育て方、酒母の温度管理——すべてが、普段以上に繊細な判断を求められます。
蔵人たちは、互いの気づきを重ねながら、ひとつの方向性を探っていく。全員の感性が響
き合うことで、酒はその輪郭を現していきます。


この酒に使われる米は、福岡県糸島産の山田錦。芯があり、凛とした佇まいを持つこの米
は、寒さの中でこそ、その力を発揮します。蒸し上がった米に触れると、手のひらに伝わ
る温もりとともに、米の声が聞こえてくるようです。麹室では、白い菌糸が米の表面に広
がり、まるで雪の結晶が育っていくような美しさを見せます。

酒母づくりでは、酵母の息吹に耳を澄ませながら、温度と時間のバランスを探ります。発
酵の音は、冬の静けさの中でこそ際立ち、蔵の空気を震わせるように響きます。もろみが
プクプクと歌い出す頃には、蔵全体がひとつの生命体のように鼓動を打ち始め、私たちは
そのリズムに身を委ねながら、酒の誕生を待ちます。

この“真”の酒は、ただの技術の集積ではありません。それは、山の壽が大切にしている「成長」への問いかけであり、酒造りの本質を見つめ直す時間でもあります。凛とした冬の空気の中で、蔵人たちは自らの感性を研ぎ澄ませ、米と水と向き合いながら、酒という形を探っていく。

外では、筑後川の土手に霜が降り、朝の陽がゆるやかに川面を照らすころ、枯れすすきの
穂が白く光っています。足元には霜柱がきしり、踏みしめるたびに冬の音が響く。
季節が確かに息づいている静けさの中に木々は静かに春を待っています。けれど蔵の中で
は、命の営みが続いています。米の声、水の声、酵母の息吹、そして蔵人の手の記憶。
それらがひとつになって、酒という形をとるまでの道のりは、まるで冬の夜空に星が瞬く
ような静かな輝きに満ちています。

1月は、酒造りの中でもとりわけ緊張感のある時期です。寒さが増すほどに、発酵は繊細
になり、判断には経験と感性が求められます。けれどその分、酒は深みを増し、味わいに
奥行きが生まれる。この季節に仕込まれた酒は、春には花のように咲き、誰かの心を温め
る一杯となるでしょう。

どうぞ、冬の蔵の息吹を感じてください。“真”の酒に込められた、山の壽の今をひとしず
くに宿してお届けしてまいります。

山の壽酒造

分かり易く・飲みやすく・フレッシュなガス感を感じてもらえる生酒の製法の開発など、毎年新しい試みを積極的に行っているエネルギー溢れる福岡 久留米の酒蔵です。

片山郁代

創業1818年山の壽酒造八代目蔵元。
趣味は心を整える茶道と体幹を鍛えるトレーニング。
読書好きな夫と食べ盛りの息子2名と囲む賑やかな食卓が、一番の癒し。

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