第5回 フランソワーズ・アルディと飲んだ夜

 さっきからテーブルを挟んでふたりは黙りこくっている。でも、その沈黙はいやじゃない。彼女はごく自然にタバコに火をつけ、少し吸っては灰をトレイに落とした。そのさりげない仕草が言葉の代わりに思えた。
 「それで、あなたとニックのことなんですけど」
 思いきって話題を切り出すと、「出会ったのはロンドンよ。『If You Listen』ってアルバムのレコーディングをしていた」と彼女は答えた。と彼女は答えた。「私は彼の大ファンで、それを知ったニックのプロデューサーのジョー・ボイドが会えるようにしてくれた」
 フランソワーズ・アルディは、他のフランス人のアイドル・シンガーとは最初から何もかも違った存在で、自らギターを弾き、曲を書いた。内面を見つめる眼差しは、フランス流の「アンニュイ」とか「エレガンス」ではなく、本気のナイーヴさだった。69年に『ファイヴ・リーヴズ・レフト」でデビューしたイギリス人シンガー・ソングライター、ニック・ドレイクのことを、血のつながりはなくても弟のように感じたんじゃないだろうか。
 アルディとニックの交流については、実際に会って話す機会はあったものの、言葉の壁と、お互いの極端なシャイさが影響して、うまく気持ちが伝わらないじれったさがあったと言われている。「会話」というほどの記録に残らないものだったんだろう。でも、結局その「言葉のない短い時間」が、ふたりにとって魂レベルでのふれあいというか、すべての正解だった、という気がする。
 「何か飲みますか?」
 彼女に聞いてみた。でも返事はない。彼女は長い髪をかきあげもせず、もう1本、タバコに火をつけた。ぼくは焦って水を飲む。
 しばらくの沈黙があって、彼女が口をひらいた。「そうね、………でもいただこうかな……」
 え? あまりにも小声でよく聞こえなかった。えーと、ビールではないよね。ワインとか? ジンとか? スコッチとか? 彼女は心あらずな感じで、頬杖をついて、しばらく遠くを眺めていた。あちゃー、やらかしたか。これはあれだわ、ニックのことなんか聞いたからだわ。ありがちなゴシップ好きのロック・マスコミになっちまったわ。
 不意に、彼女がこっちを向いて、キッと目線を投げかけてきた。
 「は、はい!」
 ギクっとして思わず立ち上がりそうになる。
 「ねえ、………は、まだなの?」
 あー、相変わらず肝心のお酒の注文が聞こえないです。さて、問題です。フランソワーズ・アルディが飲みたいと思うお酒って、どんなんでしょう?

轟木渡
轟木渡

フランソワーズ・アルディが飲みたそうなワイン


フランソワーズ・アルディは「そうね、赤ワインでもいただこうかな……」と言ったはず。
気怠く飲むのはなまぬるい赤ワイン。
高級シャトーの連なるボルドーでガレージワイン的に挑戦する女性二人組。醸すのは鮮やかな真紅のワインです。

クロッスリー・デ・ムーシス / ヴィルヴォルト2023赤

2009年、醸造家パスカルと農業研究者ローレンスの2人がボルドーでクロッスリー・デ・ムーシスを設立しました。農業の家系に育った2人はオー・メドックで出会い、志を共にしてワイナリーを立ち上げます。

熟したカシスやブルーベリーなどの濃厚な果実味。さらにブラックオリーブや舞茸のような旨味のあるキノコの香りに腐葉土のようなニュアンス。タンニンはきめ細かく、とても滑らかな舌触りの飲み心地の良い味わいです。

格付けワインとはまた違う、エネルギーと気品に満ち溢れた唯一無二のボルドーワインです。(メルロー)

松永良平

リズム&ペンシル。雑誌/ウェブを中心に記事執筆、インタビューなどを行う。著書に『ぼくの平成パンツ・ソックス・シューズ・ソングブック』(晶文社)『20世紀グレーテスト・ヒッツ』(音楽出版社)。Instagramにて猫イラスト「#一日一猫mrbq」随時公開中。のんべえではないですが、お酒は好きです。