第三回 この国にはモモがある

つい入ってしまう店がある。立ち喰い蕎麦だ。店ではなく業態だが。

もともと蕎麦が好きというのはある。ところが、蕎麦が食べたい!と思っているわけでもないのに、気がつくと暖簾をくぐっていたりする。たまに、ではなく、そこそこ頻繁に。

腹が減った。でも、これが食べたい!ってものがあるわけじゃない。そんな瞬間は、私にかぎらず誰にだってあるはず。いや、むしろこれが食べたいとはっきりしているほうが稀だろう。なに食べよっか……と思いあぐねてる時間、どっかからのお告げ待ちの時間、のほうが圧倒的に多い。

そんなとき、ウチどうっすか? みたいな感じで、すぅーっと入り込んでくるのが立ち喰い蕎麦である。私が勤めていたオフィス街には、いくつもの立ち喰い蕎麦の店があった。一目で立ち喰い蕎麦であることがわかり、混雑状況も見え、注文に迷うこともなく、サクッと食べてサクッと出られる。それがいい。

なにより、味の想像ができているから(そしてほぼ想像通り)、失敗したなぁと後悔することがない。これがラーメンだったらそうはいかない。

そんな私は、ここネパールでも、つい立ち喰い蕎麦に吸い込まれてしまう。なんてことがあったら最高なのだが、残念ながらネパールには存在しない。

しかし、なに食べよっかタイムは万国共通でやってくる。どうするか?

私は、かなりの確率でモモ屋に入る。モモとは、ネパールの餃子のことで、蒸したものが一般的。カトマンズの街を歩けば、そこかしこにモモ屋がある。立ち喰い蕎麦よろしく、一発でモモ屋とわかる。

店の看板には巨大な「म:म:」の文字。これが書いてあればモモ屋だ。私がはじめて読めるようになった記念すべきネパール語の文字でもある。さらに、店頭にはモモ専用のデカい蒸し器がドンと鎮座している。

立ち喰いではないものの、注文すればすぐ出てくるし、サクッと食べられる。そして失敗もない。もはや、私にとっては立ち喰い蕎麦の等価互換なのだ。

なかでも好んで食べるのが、バフモモだ。バフモモ一択といっても過言ではない。
バフとは水牛の肉のことで、ネパールではきわめてポピュラーである。肉類のなかで一番安く、脂身が少なく、うまみや風味があるわけでもなく……ぶっちゃけ安い以外の魅力をあげにくい肉なのだが、ジューシーさとは無縁のこのバフを、私が好んで食べている理由。それは歯応えである。

いつのまにか世の中は「やわらかい=おいしい」が確固たる地位を築いてしまった。食レポ番組でも「やわらか~い!」が連呼され、「おいしい」の代用ワードとして君臨してひさしい。だが私はここで声を大にして異を唱えたい。やわらか至上主義に一石を投じたい。

硬食(こうしょく)である。
硬いはうまい!断固としてうまいのだ!

歯応えのあるバフモモに、冷たいジョル(スープ状のタレ)を合わせたジョルモモ。これが私の一番のお気に入りである。胡麻ベースの香り高いジョルを、蒸したてアツアツのバフモモにこれでもかというくらいかける。ジョルはたいていプラスチックのボトルに入れられて別途提供される。かけ放題。

最初は、温かいモモが台無しになってしまうじゃないかと思ったのだが、この冷たいジョルはなぜか完璧に調和してしまう。不思議でしかたがない。

ジョルにどっぷり浸かったバフモモを、ワシワシと喰らう。いつ食べてもうまい。モモ屋にはチキンモモが二番手として控えているのだが、私は浮気しない。

チキンがうまいのはわかりきっている。食べなくたってわかる。ジューシーでやわらかい。それがどうにも物足りない。というか、チキンはジョルを必要としないほど自立している。あんたはジョルなしでもピンでやっていけるじゃないか!そう思うと、どうしても手が伸びない。

かたや、やわらかくない、ジューシーじゃない、うまみもない。そんなバフモモはジョル無しでは心許ない。ピンでやってみろよ!なんて言えない。でもジョルをかけると潜在能力が引き出され、至高の逸品になるのだ!……いや言い過ぎだ。ごめんなさい。バフモモ愛がつい。そんな高尚なものではないのだ。もとより立ち喰い蕎麦の立ち位置だったことを、すっかり忘れていた。

とにかく。私は、つい、モモ屋に入ってしまうのだ。実際のところ、じっくり味わって食べているかと問われたら、まったくもってそんな自信はない。ただ、バフの硬さはたのしんでいる。

やわらかい全盛のこのご時世に、その流れに乗ろうともせず、というよりは乗りようがない。やっぱりバフモモはこうでなくっちゃ。これからきっと硬食の時代が来るのだから。

 

根津貴央
根津貴央

硬食(こうしょく)である。
硬いはうまい!断固としてうまいのだ!

根津貴央

ハイキングが専門分野のライター。
2012年にアメリカのロングトレイル「パシフィック・クレスト・トレイル(PCT)」を歩き、2014年からは仲間と共にネパールの「グレート・ヒマラヤ・トレイル(GHT)」を踏査中。著書に『ロングトレイルはじめました。』(誠文堂新光社)、『TRAIL ANGEL』(TRA...