2025年8月某日。開花から約100日を経て、ワイン醸造用ブドウの収穫日を迎えた。「今年はいいね」「色もきれい」。畑からそんな声が聞こえてくる。この日収穫の品種はデラウェア。小粒だが、その分味がぎゅっと凝縮している。
熟れ過ぎている実などを外しながら、一房ずつ手摘み。一粒口にすると、ふくよかな甘みにさっぱりとした酸味の余韻が広がった。糖度は十分。「Studio go go Winery(ステュディオ・ゴーゴー・ワイナリー)」のワインづくりが今年も始まる。
『とどろき酒店』が福岡県朝倉市に「Studio go go Winery」を立ち上げたのは2021年のこと。今年で5期目の醸造となる。ブドウの栽培に着手したのが2014年なので、自社醸造まで至るのに7年の年月がかかった。酒屋が自家栽培のブドウでワインをつくるまで。その道のりを代表・轟木渡に振り返ってもらった。

「ワインの本質を理解したい」
始まりは、手探りの連続
轟木渡 (とどろき酒店)
「もともと、オリジナルワインを委託でつくってもらっていました。知人の畑が空いていたので、自家栽培のブドウをオリジナルワインに混ぜようかなくらいの軽い動機が始まり。ちょうど日本各地でワイナリーが立ち上がっている頃で、酒屋としてあちこちの畑を訪問していました。山梨の共栄堂には毎年手伝いに通ったりもして。生産者のリアルな情報は携わらないと分かりづらい。自分たちでも栽培することで理解を深め、販売に活かすという意図もありましたね」。
____ 最初に植樹したのは、シャルドネ、プティ・マンサン、メルロー、マスカット・ベーリーAの4種。ここで、早くも大失態。
「オリジナルワインのベースは巨峰なので収穫はお盆の頃。僕たちが植えた品種の収穫は9月半ば以降で、1ヵ月の差があって。合わせることがそもそも不可能だったんです。そんなことにも気付かない素人丸出しの始まりでした」。

「本格的な生産に舵を切ろう」
厳しい自然の中で、醸造の喜びを知る
____ 最初の畑は北向き。もっと日当たりの良いところを探していると、正面の南向きの斜面に目が止まった。問い合わせると柿畑だったところが、今は使われていないという。そこそこの面積があったため、本格的な生産へと舵を切る必要があると自覚。さらに自社畑の収量増で持ち込み醸造だと、希望通りのワインづくりが難しい。自分たちで畑を一から整備し、自社醸造も含めての大きなプロジェクトが走り出した。
「垣根用の支柱を打ちつけたり、ハード面の仕事がとにかく大変で。ただ、いろいろな品種を植えて実験してみようと前向きに進んでいた時でした。そして1年目に九州北部豪雨が発生したんです」。
____ 2017年のこの災害で朝倉市は大きな被害を残した。ブドウ畑は無事だったものの、山の側面が土砂崩れで農道が消失し、車両での進入が不可能に。災害申請を提出するも、居住地でないため復旧は後回し。「10年後になるかもしれない」と告げられて、大きなショックを受けた。
「自然相手の仕事であることを実感しました。歩いて山に入ることはできたので、樹の状態を見てどこかに移植できないかと考えて。帰路で見かけた筑前町のブドウ畑の跡地の所有者を役場経由で紹介してもらいました。借地許可を得て、スタッフ総出で山に登り、リュックで土・資材を運搬するなどして移植を実施。その後2年ほど育成しましたが、ほぼ全滅。根の切り方などの手法がつたなかったんでしょうね。最初から植え直しとなり約3年のロス。これからまた植えて育つまでに時間が必要なので、全体の遅延は大きなものです。自然の厳しさ、豪雨の脅威を知る経験になりました」。
____ 生産者の視点を得て、異常気象への関心がより高まることとなった出来事だ。ワインはブドウのみを原料として醸すもの。その地の土壌・環境に即した栽培という原点がいかに重要か、当たり前に手にしていた一粒のありがたさを思い知る。
「はじめてリリースを迎えたのが2020年。記念すべき1号の醸造は、福岡を飛び出して山梨で行いました」。
____ 自家栽培のブドウに加えて、福岡の契約農家から醸造用のブドウを購入し、いよいよ醸造。ところがワイナリーの設立が遅れてしまい、稼働が叶わず、協力してくれる山梨の醸造所まで運ぶことに。
「ちょうど台風が近づいていた頃で。無事に届くか、心配で心配で」。
____ 陸路とフェリーで19時間かけて運び込まれ、赤ワイン2種、間借り醸造で瓶詰めされた。そのワインの名前のひとつが「キャラバン」(砂漠で隊を成す商人の一団の意)。長い年月と距離を経て誕生した、その喜びが込められている。

「次世代の生産者のために」
いよいよ、ワイナリーが稼働
____ 翌2021年「Studio go go Winery」がついに稼働。飲みたい時に手が届く価格の“美味しいテーブルワイン”、そのデイリークオリティに価値を置く。温暖な気候である福岡は降雨量には気をつけないといけないが、状況が良ければ房数が多く育つ環境だ。1ヘクタールで8,000~9,500本も不可能ではない。テーブルワイン量産のポテンシャルがあると見込んでいる。
「福岡の気候に合うブドウ探索が重要。 個人的にシュナン・ブランが大好きだけど、皮が薄くて実割れしやすい。植えてみたけれどダメでした。ピノ・ノワールも雨除け次第で可能性はあるけれど、今は植えていません。自分たちの代でさまざまな品種を試し、10年、15年かけてこの土地に合うブドウを見つけ出し、その情報を公開することで、次世代の生産者がスムーズにワインづくりを始められるようにしたい。いつか福岡がワインの産地と呼ばれる日のために」。
____ 自社ワイナリーでは現在、複数の品種を育てる自社農園に加えて、契約農家にも希望のブドウ品種を育ててもらい、収穫の量や状態に合わせて醸造方法やブレンドのバランスを調整している。目指す味の方向性は決まっているが、あくまでブドウありきのスタイルだ。ブドウとの付き合い方を毎年探りながら、醸造に向き合っている。

「きれいな実がついた」
2025年の収穫を終えて
____ では、収穫の現場に立ち戻ろう。自社農園では化学農薬は可能な限り使用せず、「草生栽培」という自然の草を生かしながら作物を育てる農法を実践。足元にたっぷりの緑が生い茂り、自然な形で土壌を管理して畑の生態系を維持している。気になる2025年の収穫状況は?
「今年は実感として収穫量が多い。そして梅雨が短くて雨が少なかったことから、果粒は例年より小さいけれど、とてもきれいな実です。糖度が上がるまでじっくり待って、収穫できています。実がきれいだと、醸造の選択肢が広がるので、手法を変えていくつかのスタイルでリリースしたいと考えています」。
____ 昨年2024年は異常に暑くて熟度進行が早く、実の色付きも濃くなり、慌てて収穫をすることになったそう。今年の収穫時に「きれいな実」と喜びの声がもれたのも、そんな経験があったから。さらに、最初の搾りでの香りにインパクトがあったと続ける。
「フリーラン(圧力をかけずに自然に流れ落ちる果汁)の香りが今までで一番すごかった」。
____ 5期目の醸造、今回も自然と付き合いながら、その中で決断の連続。思っているようにはなかなか進まない。そんな中で生まれたこの香りに「間違っていなかった」と救われたりもする。福岡でのワインづくりにまだ答えは見つかっていない。想定外を柔軟に対応しながら、こうやってワインをつくっていくのも、ひとつの文化が生まれる過程になるかもしれない。
「お酒の中でも特にワインは一人で飲むよりも、人が集まった時に共有したくなるものかなと個人的には感じていて。食卓にあることで食事をより美味しくし、会話を弾ませてくれたり…。人と人とを繋ぐものをつくっていけたら」。
____ お酒好きが集うゆるやかなコミュニティの真ん中に、この一本。そして心地よく酔いながら語るとりとめのない話。そんな情景を表現したのが、このカルチャーウェブマガジン「MY FAVORITE THINGS」だ。
ワインづくりの背景にあるストーリーは連載で。次回は醸造、収穫したブドウが醸される「Studio go go Winery」の現場へ。


 
   
           
           
                     
                          
 
                          
 
                          
 
                          