第五回 会話を終わらせないために

気の置けない友人と集まって、お酒を呑みながら意味のない会話をする時間ほど楽しいものはない。



最近読んだ『バラバラな世界で共に生きる』/ 朱喜哲(NHK出版)という本に、哲学とは会話を終わらせないために存在する、というような話が出てくる。
そこでは、明確な議論や対話によって結論を出すことだけではなく、目的もなく他者同士が一緒に居続けること、そして多様な思考が交わり、考え続けることが大切にされているように思う。結果や効率、何かしらの成果を求めるのではなく、その時間、その場所で偶発的に発生するグルーヴに身を任せるような会話だろうか。たしかに、そんな時間が長く続けばと思う。あなたとわたしの関係性のなかで話し、ただ会話を終わらせずに言葉を交わし続けたい。そんな夜がある。

また、その本の中には「バザール(公的な空間)」と「クラブ(私的な空間)」という概念が出てくる。
「バザール」では利害調整や他者への配慮、公の正しさが求められるのに対して、「クラブ」は気心の知れた仲間が集まる私的な空間だ。バザールで抑圧された感情や言葉を解放できるような場所である。人は公的な「バザール」と私的な「クラブ」を行き来し、役割を使い分けることで健全さを保っている。

一人の人間のなかで矛盾していることなんて当たり前だし、グラデーションがあってしかるべきだ。もちろん社会を生きる上では一貫した説得力が必要な場面もあるけれど、そうした正しさから離れて矛盾すら共有できるのが「クラブ」の良さのはずだ。

だが、SNSに目を向けると、人によって「バザール」と「クラブ」の使い分けがまちまちであって、毎日のようにあらゆるところで衝突が起こっているように見える。さらには、身体性を伴わないコミュニケーションであるがゆえに、画面越しに、生身の体から切り離された言葉はどこか暴力的になりやすいのではと感じることが少なくない。

だからこそ、呑みの席ではただの冷笑や消費として誰かの話題を持ち出すのではなく、自分の内面やモヤモヤを開示し、人と人、身体性を伴って会話することで、自分自身をいつもと違う視点で捉え直すような場でありたいと思う。単に話題を消費するだけの時間には、どこか虚しさを感じてしまうのだ。

今回はもう1冊、続けて読んだ本を紹介したい。
もしかしたら自分はいま、自分が勝手に作り出している「仮想敵」に対して、何か答えのようなものを求めているのかもしれない……と思えてきたからだ。



『そいつはほんとに敵なのか』/ 碇雪恵(hayaoki books)

「SNSを捨て、喧嘩を始めよう。」という帯のフレーズが、どうしたって目を引く。
タイトルとこの文言を聞いただけで、自分のなかにあるモヤモヤと勝手に結びついて、なんとも読んでみたくなる一冊なのだ。

著者は冒頭でいきなりネタバレと断った上で、以下のように書いている。

この本のネタバレをします。
「喧嘩がしたい」と鼻息荒くスタートを切ったのち、自分の身に起きた出来事や印象深かった映画を起点に、友人・家族・恋人・知らない人などさまざまな距離感の人間関係に思いを巡らせ、後半には、絶対に相容れないと信じ込んでいたある政党の支持者へのインタビューを挟み、「敵って一体なんなんだ」と自問自答、そして、敵とか戦うって発想自体をやめたい、そんなことより旅がしたい、となって終わるエッセイ集です。

まさにその通りの構成なのだが、あらかじめ展開が分かっていてもなお、面白い。

公共の空間で怒鳴り散らかしているおじさんに喧嘩をふっかけたいと思う著者。なぜ自分はそういった行動を取りたくなるのか?
著者は「相手は間違っている加害者で、自分は正しい被害者である」という固定観念から脱却し、自らの正しさに揺さぶりをかけようとする。自己分析をするように、これまでの人間関係や生い立ち、親との関係性を振り返りながら、自分がなぜそう考えるのかを掘り下げていく。

仕事相手と友達の境界線に悩み、自分の内面を開示することと相手に「共感」や「理解」を示すことのズレに戸惑う。あるいは、世の中に溢れる衝突の正体は、目の前の相手ではなく、過去に解消されなかった葛藤を投影した代理戦争なのではないか、と自問を重ねる。安全で快適なセーフスペースに閉じこもるのではなく、時に衝突するリスクを冒してでも、生身の心と心をぶつけ合いたいという渇望がそこには滲んでいる。

特に印象的なのは、自分とは相容れないと思っていた政党(参政党)の支持者へインタビューを行う場面だ。
主義主張や「政党」というマクロな概念・大きな枠組みで捉えると、受け入れがたく見えていた相手。しかし、一対一で対峙し、その人の背景や人生に耳を傾けるミクロな関係性に立ったとき、そこには一人の生身の人間としての言葉が通い始める。

この2冊が根っこではとても近いことを言っている理由が、読んでいてじんわりと浮かび上がってきた。
『バラバラな世界で共に生きる』は、著者の朱喜哲さんが、アメリカの哲学者リチャード・ローティの代表作『偶然性・アイロニー・連帯』を解説していく内容が中心になっている。
一方、碇雪恵さんが『そいつはほんとに敵なのか』の中で描いている出来事や葛藤は、まさにリチャード・ローティの哲学を「日常で実践してみる」ことそのもののように感じる。
なぜそう感じるかが一番重要なところなのだけれど、それを書いていたら文字数がとんでもないことになるので、気になる方はぜひこの2冊をセットで読んでみて欲しい……えへへ。

大きな概念としての「敵」と戦うのではなく、身体性を持った個としての人間と対話すること。

私たちは日常のなかで、いつの間にかSNSの殺伐とした空気や「バザール」の論理に疲弊し、安易な仮想敵を作り出しては冷笑し消費することで自分を守ろうとしてしまう。けれど、本当に必要なのは敵を設定して攻撃することではない。生身の体を持ち寄り、曖昧なモヤモヤを抱えたまま、誰かと会話を終わらせずに居続けることなのだ。

お酒を呑みながらこの本をめくっていると、自分自身が勝手に張り巡らせていた「敵」の影が、少しずつほどけていくような気がするのだ。


今回のおとも
ヒトミワイナリー・Soif Blanc 2024
国産ワインっぽくない軽やかなラベルとお手軽な金額が素敵。
味わいは複雑だけど、ほんのり甘くさっぱりしていてごくごく飲めるところが良い。


石井勇

MINOU BOOKS店主。2015年9月に耳納連山の麓、故郷のうきは市吉井町にて本屋「MINOU BOOKS」をオープン。「暮らしの本屋」をテーマに、いつもの日常に彩りを加えるような本をセレクトしている。2023年6月には2号店「MINOU BOOKS 久留米」をオープン。イベントの打ち上げで飲むお酒が大好き。