『とどろき酒店』が立ち上げた「Studio go go Winery」で5期目の醸造が始まりました。ブドウの実りを手に、山田醸造長がどんなワインを醸すのか。まさに今、タンクの中で味わいを深めているその雫に会いに、いざワイナリーへ。
福岡県朝倉市にある「Studio go go Winery」は2021年より稼働がスタート。毎年8~9月にかけて自社畑や契約農家からブドウの実りが集まり、醸されて雫となる“醸造”の現場である。
畑や家屋が並ぶ路地の先に、ポンっと現れる無機質な建物。長閑な風景に不思議と馴染んでいる。天井の高い醸造所の中は、大きな6つのステンレスのタンクが並び、徐梗や圧搾など工程に応じてさまざまな機械が運び込まれる。

ワイナリーで栽培・醸造を任されているのが山田朱那 (やまだあかな)。「ワイン造りは単なる仕事という感覚ではなく、ライフスタイルに近いもの」と語る。自然の中で、季節に沿って「Studio go go Winery」が目指す福岡らしい味筋を尋ねた。
酒で結ばれた縁から
ワイン醸造の長へ

____ まずは、山田醸造長の経歴を紹介しよう。東京都出身、『とどろき酒店』本店の常連だったことが出会いのきっかけだ。日本酒を買いに高頻度で店を訪れていたところ、代表の轟木渡と頻繁に飲みに行く懇意の仲となった。まさに酒が結んだ縁である。『とどろき酒店』ではワイナリー設立を視野に、農業に興味がある新たなスタッフを探していた時期でもあった。
山田「何度も飲みに行って、ナチュラルワインの美味しさを共感していく中で、興味が芽生えました。遊びに行く感覚で、自然栽培をしている畑を一緒に見に行ったりして。なので勧誘されて始めたというよりも、自然な流れでしたね」。
____2015年に入社して翌年から5年間、醸造シーズンになると山梨に滞在し、小山田幸紀氏 (ドメーヌ・オヤマダ) と小林剛士氏 (共栄堂) に従事してワイン造りを学んだ。
山田「ドメーヌ・オヤマダの小山田さんは自社栽培も手掛けているので、栽培の技術から品種のことまで幅広く学ばせてもらいました。共栄堂の小林さんのワイナリーといえば、品種・甲州が代名詞。買いブドウの取り扱いが参考になったし、機材を使った効率化などハード面の情報がワイナリー設計時にとても役立ちました」。
____ 山梨は今やワインの産地として知られているが、日本における品種の選択は今でも命題のひとつ。きっとまだ答えは出し切れていない。環境的に山梨でダメなものは、福岡ではもっと難しい。品種の情報を集めることも重要な仕事のひとつなのだ。
山田「個人的に思い入れの深い品種が各々あると思いますが、温暖化の影響も高まる中、ロマンよりも現実思考。まずは可能性の高いものを植えて、福岡のワイン造りを支える品種の基盤を模索しているところです」。
スタイルは自由でいい
山梨のワイナリーで学んだこと

____ さらに同時にふたつの醸造場を行き来したことで、スタイルの違いを目の当たりにできたことが大きな学びだったと振り返る。
山田「同じ土地であれど、仕込みの仕方が全然違う。それは面白いなと感じました」。
____ 醸造では要所要所、個性が出る。例えばブドウを絞るにしても、何時間かけてどんな圧力で絞るのか。一定して柔らかなリズムの人、最初からしっかり絞る人、その人の考えやワイナリーの環境が工程に表れるのだそう。
そこにさまざまな選択肢があること、譲れないルールを守りながら柔軟に対応すること。思考や哲学を持っていれば、スタイルの幅は逆に広がるのだろう。今や世界中でワインが造られ、ニューワールドも次々と注目されている中、福岡という未開の土地でワインを造る。その可能性を自分たちで見出していくのだ。
山田「フランス、イタリア、日本でいうと北海道で造られるクオリティの高いワインには敵わない部分がたくさんありますが、限られた環境の中で100点でないにせよ、面白いワインが造れているか。人と比べずに、自分たちが目指すものを形にしていきたい」。
収穫量が限られた黒ブドウは
甘い芳香を生かした赤ワインに
____ ワイナリーを訪れたこの日、赤ワイン用の搾りが行われていた。デラウェア豊作の様子は前回の記事で紹介したが、実はその後雨天が続き、黒ブドウの収穫量は伸びなかったという。
山田「結局は自然に委ねなきゃいけない部分が大きいですからね。やっぱり思い通りにはいきません……」。
____ とはいえ、収穫後に房ごと投入して2週間寝かせておいたマスカット・ベリーAからは、甘い芳香が漂っている。ブドウを徐梗・粉砕せずに数日置くことで房内の発酵を促してから圧搾する「マセラシオン・カルボニック」と呼ばれる手法だ。これにより、イチゴのようなフレッシュでフルーティーなアロマの生成、穏やかなタンニン抽出を狙う。
山田「プレスのタイミングは炭酸ガスの含み具合と香りで決めます」。
____ その一粒を含むと、ジュワっと香気が口の中で弾けた。余韻は確かに獲れたての果実とは違う、気品ある芳醇さを備えはじめていた。
今までにない醸造で仕込む
明るさが秀でたデラウェア
____ 一方、前回大収穫だったデラウェアの醸造はどのように進んだのか。尋ねると、なぜか苦笑い。
山田「収穫量が多かった分、分散されて味が少し薄い印象でした。ワイン醸造では原料のブドウ品質が一番で、そこから技術的な介入をどう行なっていくか、自然と技術のバランス設計が重要です。収穫量・質に応じて最終的な選択が変わっていきます」。

____ プランAで考えていたものが、プランB、Cと変わっていくこともしばしばだという。発酵初期段階のものを試飲させてもらうと、ピンクグレープフルーツのような爽やかな飲み口で、ぐいぐいと飲める軽やかさ。
山田「今日の赤ワインと同じマセラシオン・カルボニックを採用して、さらに軸を外して粒状にして発酵させているので、明るい良さが出ていると思います。デラウェアではなかなかこの手間を掛けないので、面白い味に仕上がるんじゃないかと」。
時に柔軟に、時にエッジをきかせて
個性奏でるワイン造り
____ 醸造の段階でも想定外は続く。その中で選択を重ねる柔軟性が「Studio go go Winery」の名前の由来にもつながっているように感じた。
頭に冠した「Studio」は、ミュージシャンがスタジオで楽器を演奏して、音楽をつくり出すイメージから。突発的に即興で生み出される新しい音楽のように、ここで生み出されるワインにも、そんな勢いと個性が良い刺激となっているようだ。
山田「目指す方向は“飲みたい時に手が届く、飲み心地のよいテーブルワイン”。ただ、轟木からは“思うがままにやっていいよ”と言われています」。
好きなお酒の方向性が同じで「選ぶワインの馬が合う」というふたりの関係性も、ワイナリーが進む道の指標となっている。
山田「最初にテイスティングしてもらうのが轟木ですが、先入観なしに意外とエッヂのきいたものを好んだりして。長くワインを見てきた人だからこその、その懐の広さには感謝しています」。

さて次はブレンド・瓶詰め。味わいを確定させる最終段階だ。2025年の実りがどう仕上がっていくのか、そのセッションの行き先を見届けたい。

文・生野朋子 写真・齋藤圭吾



