第四回 酒とSFと生きるということ

お酒の場ではどうしたって、素の自分に近いプライベートな話が多くならないだろうか?
少なくとも僕はそうなりやすい。
社会のルールや、自分が背負っている立場や環境みたいな前提がお酒の力でぬるっと溶けていき、「自分自身はどう思っているのか?」がぐっと前に出てくる。
道理や辻褄なんて合わなくていい。合理的でも効率的でもなくていい。普段、当然のように受け入れている社会の枠組みから外れたところにある、自分の気持ちに気づく。お酒を飲むというのは、どこか「自分を取り巻く前提を一時停止する」ような行為なのかもしれないと思う。


今回呑みながら読んだ一冊はこちら。
『グッバイ・ハロー・ワールド 増補改訂版』北村みなみ(rn press)

イラストレーターの北村みなみさんが、テクノロジー・カルチャー誌『WIRED』に連載した短編SF漫画をまとめた一冊だ。もともと漫画をほぼ描いたことがなかった北村さんが、編集者の野口さんと一緒につくりあげていったという背景も面白い。

安楽死が合法化された社会で、葬儀パーティーを企画する若い夫婦。
感染症の流行をきっかけに、人生のほとんどをリモートで送るようになった世界。
遠い未来、遠い惑星で最後の一人になった女性。
など、テック系の雑誌『WIRED』ならではのリアルでユニークな話がとても面白い。

設定だけを聞けばSFそのものなのだけれど、この本にはエイリアンとの戦いも、宇宙冒険も出てこない。描かれるのは、「そんな未来のなかで、一人の人間はどう生きるのか」という、とても個人的な物語だ。

漫画という表現も、ここ数年でずいぶん広がったように思う。僕ら40代が思い浮かべる少年漫画でもなく、いわゆるオタク文化に連なる作品でもない。時代の空気や、言葉にならない感情の揺れを丁寧に描く作品が、本当に増えた。

本というメディアは、自分でページをめくり、活字を目で追い、意味や文脈を繋げながら読み進めていく主体的なメディアだ。だからこそ、文と文、ページとページの間に自身の思考が反映されやすく、読み手によって受け取り方も大きく違ってくる。

この『グッバイ・ハロー・ワールド』も、SFという形をとって、今の社会の前提を外したことにより、「この世界でどう生きるか?」というシンプルな問いが伝わってくる。

例えば、遠い未来のどこかの星で最後の一人の人間になった女性の話がある。
彼女は日々を退屈に過ごしていたが、ある日、壊れた小説のデータをたまたま受信する。その途切れたストーリーの続きを想像していた時、ふと「自分で書いてみればいい」と思いたつのだ。そう思った瞬間、周りの風景がすべて違った意味を持って目に飛び込んできて、急に日々が輝きだす。

ページに描かれている画や設定は、現実とは遠く離れているはずなのにテーマはどこまでも人間の本質を突いている。どれだけ未来になっても、遠い星の話になっても、描かれるのは「幸せってなんだ?」「生きるってなんだ?」という切実な問いだ。むしろ、現在の社会や世界の前提がなくなってしまった方が、その後に残る人間の生々しい感情がリアルに迫ってくるのかもしれない。

読んでいると、いまの時代で自分が日々行なっている小さな選択の連続を、なんとなく俯瞰してみることができる。自分で選んでいるようでいて、その選択肢のほとんどはこの時代の価値観で形成されていることに気づかされるのだ。

その価値観をほんのちょっとずらしてみる。『グッバイ・ハロー・ワールド』の中に入り込んで「その中で自分はどう立ち振る舞うか?」と考えてみた時、自分が本当に求めていたことが見えてくるような気持ちになる。

SFの世界に浸ってものを考えるのと、酔った頭でものを考えるのは近いのかもと思った。
いろんな前提を外した上で、辻褄なんて合わなくていい、道理がなんだ。人がどう思おうが、合理的でも効率的でもなくていい。そんななかから生まれてくる自分の気持ちに気づけることが、なんだか嬉しい。
酔った頭でSFを読むのはいいものだ。


今回のおとも
Nomads Garden  Pinot Blanc
ピノ・ノワールの白ブドウなんてあるんですね!と思って購入。
上品で華やかなアロマ、みずみずしい果実感が美味。SFとの相性も良し。

石井勇

MINOU BOOKS店主。2015年9月に耳納連山の麓、故郷のうきは市吉井町にて本屋「MINOU BOOKS」をオープン。「暮らしの本屋」をテーマに、いつもの日常に彩りを加えるような本をセレクトしている。2023年6月には2号店「MINOU BOOKS 久留米」をオープン。イベントの打ち上げで飲むお酒が大好き。