第三回 日常へのまなざし

ある時から、例えば居酒屋にて4人くらいで飲んでいるような時にふと思うことが増えた。「おや? このなかでは自分が最年長なのでは?」

人は当たり前のように毎年1歳年をとる。それは誰もが事実として知っていることだけれども、「1歳年をとる=1歳分の年下が増える」ということは、40を過ぎたくらいにならないと実感としては気づきにくい。そう、年齢を重ねるごとに年下がどんどん増えていく。少子化高齢化で若者が減っているニュースとは別の世界線でどんどん若者が増えていくのだ。

そして気づいたころには、自分が今まで築き上げてきたと思っていた、実績や価値観、時代の雰囲気が過去のものになっている。

そのことに気づいたり気づかなかったりしながら、過去にいつまでもしがみついていたら、いわゆる「おじさん」といわれる人種になっていくのだけれども、ここを脱却するのは至難の業である…

そんなことを考えながら今夜読む本を選んでみた。



今回、呑みながら読んだのはこちら、
『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』/ 小原 晩(実業之日本社)

この本は、ZINEとして自費出版され個人経営の書店を中心に人気が広がり、その後商業出版されてもセールスを伸ばして大きな話題になった一冊だ。

とにかく売れていることは知っていた本書。
ずっと気にはなっていたのだが今更読むのもなと思っていたので、今回はお酒の力をかりて読んでみようではないか。

著者は1996年東京・八王子生まれ。まだ今年30歳の年だ。一回り離れている。若い。
高校卒業後、美容師になり、社員寮での出来事や、はじめての社会というものに対するわからなさ。理不尽さ。父親を亡くしたことや家族のこと。恋のことや友達のこと。どのエピソードもけっしてドラマチックではなく、等身大の人間から見る日常の風景として描かれている。まるで日常の何気ない一コマのディテールにこそが人生だと言わんばかりに。

誕生日の夜、職場に鍵を忘れて漫画喫茶に泊まった日のこと
お昼に寝過ぎてしまって眠れない夜のこと
恋人と恋人のお父さんとの立ち話

時代の空気感もあるのだろうか、そこにあるのは、過剰に演出された日々でも、夢や希望でも、金銭的に数値化された価値観でもない。日常それ自体を確かに生きている感覚だ。

人は、多感な時期に触れた時代の空気に大きく影響を受ける。その意味では、東日本大震災やコロナ禍を経験した社会のなかで形成されていった、同世代の人々が持っているある種の価値観が生み出すクリエイティブがあるのではないだろうか。

昨年読んだ脚本家・山田由梨さんのエッセイ『ぜんぜんダメでパーフェクトなわたしたち』のなかに以下のような一節がある。

「夢を叶えることが素晴らしいことなんだとしたら、叶っていない状態の今はなんなんだろう。夢のための伏線だろうか。人生は全部本線じゃないだろうか。」

小原さんの文章からは、この「人生は全部本線」という感覚がひしひしと伝わってくるのだ。
日常をみる眼差しから確かな世界が立ち上がっている。

ただ、この感覚がとても理解できる一方で、酔いの廻った自分の頭の隅ではどうしても「夢もいいぞぉ」「もっと日常を物語にしてもいいんじゃないか?」などと思ってしまう。そう思いながらも同時に、これが世代間のギャップというものだろうと理解はできる。だがこのギャップは時代が僕に与えたもので、個人の努力では埋められないのではとも考える。(色々と拗らせている。)

それをわかった上で、若い世代が生み出す新しい価値観に彩られたクリエイティブな表現を受け取りたいと思うのだ。

90年代に多感な時期を生きた僕は、多少の困難さはあるものの夢や希望がまだ手を伸ばせば届くようなところにあったし、皆が大きなひとつの物語を共有していた。その中で自分もいずれは何者かになれるかもという淡い期待を抱かせてくれるような時代の雰囲気は確かにあった。
ただ、なんとなく空疎に感じたその感覚を手放し、自分だけの現実と折り合いをつけながら歩んできた結果がいまの場所なのだけれども、小原さんのような日常を切り取る確かな視点を持っていたら、また違ったところに来ていたのかもしれないと思う。
ないものねだりとはよく言ったもので、(もちろん色々な人がいると思うが)今の若い人の感覚が羨ましくもあるのだ。

お酒を呑むと、記憶と記憶を結ぶ紐がすこし緩くなるのだろうか。
自分がまだ若かった頃の空気感を思い出しながら、小原さんの感覚を借りることで、ありえたかもしれない世界の風景を眺めてしまう。
そんな一冊だった。

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今回のおとも
とどろき酒店のオリジナルブランド、「studio gogo ブートレグ2024白」
ブドウの味がしっかりあって、するすると飲みやすい。愛おしい日常のワイン。


石井勇

MINOU BOOKS店主。2015年9月に耳納連山の麓、故郷のうきは市吉井町にて本屋「MINOU BOOKS」をオープン。「暮らしの本屋」をテーマに、いつもの日常に彩りを加えるような本をセレクトしている。2023年6月には2号店「MINOU BOOKS 久留米」をオープン。イベントの打ち上げで飲むお酒が大好き。