轟木渡 (とどろき酒店)
____今回はお越しいただきありがとうございます。福岡での滞在は、いかがお過ごしですか?
コナーさん(ムーリラ醸造家)
ありがとうございます。福岡に来る前に、由布院から阿蘇までドライブをして自然の景色を楽しんできました。自然の中で過ごすことが好きなので、そうした時間も含めて、今回の滞在をとても心地よく感じています。
タスマニアへの入口――原点と学びの時代
____ここからは、コナーさんご自身のことを伺いたいと思います。まずは自己紹介からお願いできますか?
私はカナダのオンタリオ州で生まれました。私の育った地域は、農業もワイン造りもほとんどない場所だったのですが、子どものころから「農業に関わる仕事がしたい」という気持ちがずっとありました。
____出発点はワインではなく農業だったんですね。
はい。農業系の学校に進んだことで醸造にも興味を持つようになり、もっと広い世界を見たいと思ってフランスへ渡りました。最初はラングドック、その後にシャンパーニュでも働きました。
____シャンパーニュでは、どんな経験をされたのですか?
モエ・エ・シャンドンで働いていたとき、ドン・ペリニオンの醸造を担当していた方と話す機会がありました。その方に「本当に良いスパークリングを造りたいなら、タスマニアへ行くといい」と言われたんです。そのひと言が、自分の進む方向を決める大きなきっかけになりました。
____それでタスマニアへ向かうことを決めたのですね。
はい。ただ、実際に訪れてみたものの、当時は知り合いもいませんし、すぐに定住しようという気持ちにはなれませんでした。そのため、一度タスマニアを離れ、オーストラリア本土のビクトリア州など、いくつかの産地で働きながら経験を積みました。
____その期間はどれくらいですか?
5 年ほど、さまざまなスタイルのワイナリーを回りました。産地ごとに気候も考え方も違うので、とても良い経験になりましたね。
2007 年、タスマニアへーー「ムーリラ」からの招聘
____2007 年にタスマニアへ移り住むことになったと伺いました。そのきっかけは何だったのでしょうか。
「ムーリラ」のオーナーであるデイビッド・ウォルシュから声をかけてもらったことが、大きな転機になりました。彼が「ムーリラ」の再構築を進める中で、新しい醸造家を探していたんです。その役割を私に任せたいと言われました。
____醸造家として来てほしいというオファーだったのですね。
はい。デイビッドは最初から「細かい指示はしない。良いワインを造ってくれればそれでいい」と言いました。やり方を縛らず、判断をすべて任せてくれるという考え方でした。その自由度には強く惹かれましたし、自分のスタイルでワイン造りができる環境だと感じました。
____その言葉は大きな決断材料になりますね。
ええ。デイビッドの考え方に共感できたこともあり、2007 年にタスマニアへ移り住み、「ムーリラ」に加わりました。そこから現在まで、この地でワインを造り続けています。
____タスマニアでの暮らしは、当初からしっくりきましたか?
タスマニアの気候や自然は、ワイン造りを考える上でとても魅力的でした。自分にとって心地よい環境だと感じましたし、ここでワイン造りに向き合っていくことに迷いはありませんでした。
土地を味わいに変えるーー3 つのシリーズが示す哲学
____「ムーリラ」でのワイン造りは、どのような考え方を軸にしているのでしょうか。
タスマニアは、とても独特な自然環境を持っています。冷涼で風が乾いていて、日照時間は長いですが、紫外線が強い。そうした条件がぶどうの成熟に大きな影響を与えるので、年ごとの違いもかなり大きいんです。だからこそ、その年にしか出せない味わいを大切にしています。思い通りにならないことも多いですが、そこに学びや発見があり、それが大きな楽しさにもつながっています。
____自然との向き合い方が、そのままワインの個性につながっていくわけですね。
そう思っています。「ムーリラ」では、判断を大きく任せてもらっていますので、自分が感じたその年のぶどうの良さを、どうやってワインに表現するかに全力を注げます。タスマニアの気候だからこそ引き出せる香りや酸、たくましさなど、土地の要素を素直に生かすことを考えています。
____その考え方は、シリーズごとの違いにも反映されているのでしょうか。
はい。ムーリラには 3 つのシリーズがあります。それぞれ役割や表現が違いますので、少し説明しますね。
____ぜひお願いします。
まず「PRAXIS(プラクシス)」は、自由な発想で造るシリーズです。タスマニアのブドウが持つフレッシュさや華やかさを、率直に感じていただけるスタイルです。品種ごとの個性を引き出しながら、よりカジュアルに楽しんでいただけるラインですね。
次に「MUSE(ミューズ)」です。こちらは熟成によって深みを出す、よりクラシックなシリーズになります。タスマニアの酸の高さやミネラル感が熟成とよく合うので、数年寝かせたあとにバランスが整った状態でリリースします。
最後は「HERITAGE(ヘリテージ)」。「ムーリラ」の歴史を受け継ぐ存在で、ワイナリーの哲学を象徴するシリーズです。ブドウ畑が持つ奥行きや複雑さを、しっかり表現していく役割があります。
____3 つのシリーズには、それぞれに「ムーリラ」の考え方が込められているんですね。
土地とブドウが持つ個性をどう生かすのかーーという点で、それぞれに違ったアプローチをしています。タスマニアの環境は、ブドウの個性がはっきり出るので、それを素直に受け止めてカタチにしていくことを大切にしています。
タスマニアの現在と未来――小さな島が持つポテンシャル
____タスマニアでワインを造り続けて 18 年とのことですが、この島のワイン産業は今どのような状況にあるのでしょうか。
タスマニアはオーストラリア国内でも特別な地域だと思います。もともと涼しい気候なので、シャルドネやピノ・ノワール、スパークリング向けのブドウがよく育ちます。ただ、島全体の生産量は大きくありません。小さな畑が多く、土地そのものも限られているので、量を増やすことは簡単ではありません。
____質の高さが評価される一方で、量が少ないという特徴があるわけですね。
そのとおりです。だからこそ、タスマニアでは「どう広げるか」よりも、「どう伝えるか」が重要になります。今回のように海外で話す機会をいただけるのは、とてもありがたいことなんです。
____セミナーの Q&A でも「政府のサポート」について触れられていました。
タスマニアには気候の問題や輸出コストなど、生産者だけでは解決しづらい課題もあります。こうした部分を政府や農業機関が支えてくれることで、海外へ届けるための環境が整っているのだと感じています。もしそのサポートがなければ、タスマニアのワインが国外で存在感を持つのは難しかったかもしれません。
――タスマニアという島全体で、ワインを外へ届けていく環境があるわけですね。
そうですね。一つの生産者だけではなく、タスマニア全体で盛り上がっていこうという雰囲気があります。冷涼産地の魅力が世界的に注目されるようになった今、タスマニアとしても追い風を感じています。
____その中で、コナーさん自身はどんな未来を描いているのでしょうか。
気候の変化は確実に起きていますし、ここ数年は乾燥が進んでいる実感もあります。ただ、タスマニアは他の地域に比べて冷涼な分、まだ余裕があります。ブドウの成熟がゆっくりで、酸がしっかり残るので、今後もこの土地ならではのワインを造っていけると考えています。
____これからも“タスマニアらしさ”を軸にしていく?
はい。それが私のしごとですし、「ムーリラ」が大切にしている部分でもあります。自然を読み、その年の表情を受け止めながら、タスマニアという土地の可能性をどう引き出すか。それを考え続けることが、この場所でワインを造り続ける最大の魅力だと感じています。
日本で伝えるということーー「ムーリラ」のこれから
____今回、初めて福岡の飲食店の皆さんと直接お話されましたが、どんな時間でしたか?
とても有意義でした。タスマニアという土地は距離的にも心理的にも、まだ日本から少し遠い存在かもしれません。でも、皆さんがワインを真剣に味わい、土地の話や醸造の考え方に興味を持ってくださったことが、とても嬉しかったです。
____セミナーが終わってからも、参加者の方々と熱心に話されていましたね。
はい。ワインは飲んで終わりではなく、その背景にある自然や文化、人の考え方を知ることで、もっと深く味わえるものだと思っています。だからこそ、こうして直接話せる機会は本当に大切ですし、タスマニアを身近に感じてもらうきっかけになればと考えています。
____日本の料理との相性についても話されていました。
タスマニアのワインは酸がしっかりしていて、香りのニュアンスも繊細なので、日本料理ととても相性がいいと感じています。今回の滞在でも、食事をしながら「この料理なら、あのキュヴェが合いそうだな」と想像が広がりました。日本の食文化は本当に豊かなので、もっと多くの組み合わせを試してみたいですね。
____今後、タスマニアのワインはどのように広がっていくと感じていますか。
タスマニアは生産量が限られているため、世界中に大量に届けるというカタチにはなりません。だからこそ、一つひとつの出会いを大切にしたいと思っています。「ムーリラ」が造るワインが、タスマニアという土地の空気を伝えられる存在になれたら嬉しいです。
____最後に。福岡の皆さんへメッセージをお願いします。
今回のセミナーで、私たちのワインを丁寧に味わってくださったこと、本当に感謝しています。タスマニアは近くはない島ですが、自然が素晴らしく、人も暖かく、ワイン造りにはとても恵まれた環境です。その土地の表情が、私たちのワインから少しでも伝わっていれば嬉しいです。また皆さんにお会いできる日を楽しみにしています。

(コナーさんに博多名物 水炊きを食べていただきました)




