オーストラリアとニュージーランドのワインを専門に輸入するkpオーチャードの小原慎次郎さん。
今回、小原(おばら)さんがmy favoriteに選んだ造り手は、ニュージーランド南島のセントラル・オタゴで「サトウ・ワインズ」を営む佐藤嘉晃さん・恭子さんご夫妻。銀行員からワインの造り手へ転身したご夫妻の歩みや、自ら拓いた畑でのワイン造り、その人柄についてお話を伺いました。
轟木渡(とどろき酒店)
____ 今日は、どんなワインを飲みましょうか。
小原慎次郎(kpオーチャード)
サトウ・ワインズの自社畑シリーズ「ラ・フェルム・ド・サトウ」のシャルドネ、「ル・シャン・デュ・ヴァン 2023」です。
____ 今回、このボトルを選んだ理由を教えていただけますか。
以前から、佐藤さんの話をしたいと思っていたんです。kpオーチャードは、自社畑シリーズの最初のヴィンテージから輸入しており、私たちにとっても思い入れのある造り手です。今回は、自社畑の各区画で育てたシャルドネを合わせて造るワインを持ってきました。

誰も手をつけなかった東向きの斜面に、畑を拓く
――「ル・シャン・デュ・ヴァン」に使われるシャルドネは、どのような畑で育てられているのでしょうか。
セントラル・オタゴの標高約300m、東向きの斜面にある畑です。半大陸性気候で、冬は厳しく冷え込む一方、夏は日中の気温が高く、寒暖差の大きい土地です。
佐藤さんご夫妻は自社畑を持つ以前、その斜面の麓にある畑のブドウでワインを造っていました。ヨーロッパの優れた造り手のもとで経験を積むなかで、「世界の偉大なワインは東向きの斜面から生まれている」と感じていたそうです。セントラル・オタゴにも、標高が高く、東向きの良い斜面がある。それなのに、そこでは誰もブドウ畑を拓いていませんでした。急斜面でトラクターが入らず、多くの作業を人の手に頼らざるを得ないからです。お二人は、牧草地のままになっているのを「もったいない」と感じ、いつかそこでブドウを育てたいと考えていました。
____ その場所に畑を拓くまでの経緯を教えてください。
以前から目をつけていた土地が売りに出たことを知り、購入。2016年に植樹を始めました。もともとは牧草地で、ブドウ畑にするために土を一から掘り起こし、複数の区画の土壌を調べました。それぞれの性質に合う品種を考えながら、シャルドネやシュナン・ブラン、ガメイ、カベルネ・フラン、ピノ・ノワールを植えていっ
たんです。栽培には当初からビオディナミを取り入れ、BioGroのオーガニック認証も取得しています。
____ 自社畑のブドウからワインを造り始めたのは、いつ頃ですか。
2019年が最初のヴィンテージです。自社畑シリーズ「ラ・フェルム・ド・サトウ」のリリースも、このヴィンテージから始まりました。同じ年には畑に隣接する自社醸造所も完成。それまでは醸造所を借り、購入したブドウからワインを造っていましたが、栽培から醸造、瓶詰めまで、すべて自分たちの管理のもとで行える環境が整いました。
複数の区画とクローンが生む、密度のある味わい
____ 自社畑では、シャルドネをどのように植えているのでしょうか。
佐藤さんご夫妻は、シャルドネとピノ・ノワールを自社畑の中心となる品種に位置づけ、特定の区画だけでなく、畑全体に植えています。「ル・シャン・デュ・ヴァン」は、それぞれの区画で育ったシャルドネを合わせて造るワインです。
シャルドネにも、同じ品種の中で性質の異なる複数の系統(クローン)があります。その中心となるのが、メンドーサ・クローンです。嘉晃さんは、この系統から生まれる味わいを好み、あえて選んで植えています。
____ メンドーサ・クローンには、どのような特徴があるのでしょうか。
実が非常に小さく、蜜や蜜蝋を思わせるニュアンスが出やすいクローンです。実が小さい分、収量は少なくなります。ワイナリーにとって収量の少なさは厳しいものですが、それでも嘉晃さんはメンドーサ・クローンを増やしたいと考え、現在はシャルドネの55%以上をこのクローンにしているそうです。
____ 今日の「ル・シャン・デュ・ヴァン 2023」には、どのような特徴がありますか。
手摘みしたブドウを全房のまま足で破砕し、バスケットプレスで搾っています。半日ほどかけてゆっくりと圧力を加えるため、搾った果汁はその段階ですでに、黄金色に近い濃い色をしているそうです。
その後、500Lのオーク樽で自然発酵させ、そのまま16カ月熟成。瓶詰め後も12カ月以上寝かせてからリリースします。ビオディナミで育てた凝縮感のあるブドウを、時間をかけて搾り、ゆっくりと熟成させる。そうすることで、口に含んだときに味わいがしっかりと広がる、密度のあるワインになるのだと思います。

銀行員だった二人が、ワインの造り手になるまで
____ 佐藤さんご夫妻は、どのような方たちですか。
お二人とも、もともとは銀行員です。東京の同じ銀行で働いていたときに出会い、その後、結婚されました。嘉晃さんのロンドン赴任が決まり、すでに銀行を退職していた恭子さんも一緒に渡英します。
____ お二人がワイン造りを志したきっかけは何だったのでしょうか。
嘉晃さんには、もともと「何かを自分の手で造り、残したい」という思いがありました。ロンドン時代は世界各国のワインに触れ、週末や休暇にはフランスなどの産地を訪ねていたそうです。そうしてワインが身近になるなかで、モノづくりをするならワインではないかと考え、日本へ戻る頃には「ワインを造りたい」という思いが自然に強くなっていました。
帰国後、恭子さんは新聞広告で見つけたワインインポーター「INA東日本(後にワイン部門は野村ユニソンに編入)」に入社。そこで、ナチュラルワインと出会います。試飲したワインの残りを家に持ち帰り、二人で飲むなかで「こんなワインがあるのか」と、大きな衝撃を受けたそうです。ロンドンで強まったワイン造りへの思いに、このときの感動も重なり、二人で造り手になる道を模索し始めました。
____ ワインを造る場所として、ニュージーランドを選んだのはなぜですか。
年齢的なことを考えると、フランスへ渡って一から始めるのは難しい。どこなら自分たちでワイン造りを始められるのか、さまざまな土地を検討した結果、最も可能性があると考えたのがニュージーランドでした。
____ ニュージーランドでは、どのようにワイン造りを学んだのでしょうか。
2006年に嘉晃さんも銀行を退職し、お二人でニュージーランドへ移住。まず、クライストチャーチにあるリンカーン大学で、ブドウ栽培と醸造を学びます。卒業後、二人でセントラル・オタゴへ移り、フェルトンロードで2007年のヴィンテージを経験しました。また、南半球とヨーロッパでは季節が逆になるため、ニュージーランドでの収穫を終えるとフランスやドイツへ渡り、それぞれ別の造り手のもとでも経験を重ねています。
こうした経験を重ねるなか、2009年に自分たちのワイナリー「サトウ・ワインズ」を立ち上げました。当初は、それぞれ別のワイナリーで働きながらのスタートです。同じ年、嘉晃さんは2年半勤めたフェルトンロードを離れ、マウント・エドワードの醸造責任者に就任。2012年に退職し、自身のワイン造りに専念します。一方、恭子さんはその後もフェルトンロードに残り、2018年まで栽培管理者を務めながら、サトウ・ワインズを共同で運営しました。

相思相愛で始まった、サトウ・ワインズとの歩み
____ 佐藤さんご夫妻とは、どのように出会われたのでしょうか。
サトウ・ワインズのワインは以前から知っていましたが、お二人との面識はありませんでした。当時、私たちはニュージーランドで良いワインを探していて、「サトウ・ワインズ」を扱いたいと思っていました。一方で、お二人も周囲から「kpオーチャードという会社がいいんじゃないか」と聞いていたそうです。2018年にニュージーランドへ出張する際に連絡を取ると、話はとてもスムーズに進みました。ある意味、相思相愛だったんです。
____ 輸入が始まったのは、いつ頃ですか。
当社が扱い始めたのは、2019年ヴィンテージからで、日本での流通は2020年からです。ちょうど、自社畑シリーズ「ラ・フェルム・ド・サトウ」の最初のヴィンテージでした。その始まりから紹介できたのは、幸運だったと思います。
____ 実際に交流するなかで、嘉晃さんはどのような方だと感じましたか。
とても真面目でストイックな方です。一度決めたことは妥協せず、最後までやり切る。物事を合理的に考え、ワイン造りを科学として捉えながら、そこに自分の感性を重ねていきます。そうして生まれるワインにも、一分の隙もない。完成された芸術品のようです。少し隙があったり、遊びが感じられたりするワインを好む人もいるので、飲み手によって好みが分かれるかもしれません。ただ、その隙のなさにも嘉晃さんの人柄が表れていて、そこもサトウ・ワインズの魅力だと思います。
クラシックを土台に、フラットな視点でワインを選ぶ
____ 小原さんは、どのようにワインの仕事に携わるようになったのでしょうか。
もともとお酒が好きで、自分だからこそ違いが分かるものを、人に伝えながら売る仕事がしたいと考えていました。なかでもワインは、産地や造り手、ヴィンテージによって個性が異なり、扱う商品も変わり続けます。これなら飽きずに続けられそうだと思い、2004年にワイン輸入会社へ入社。東京で営業と仕入れを経験し、約10年間勤めました。
その後、家族との暮らしを考え、愛知県や岐阜県で転職先を探すなかでkpオーチャードを知りました。代表からシャルドネとシラーを渡され、「自分の感覚に合い、紹介したいと思えるワインなら、改めて面接をしましょう」と言われたんです。飲んでみると、それまで接してきたワインとは異なる、ハッとするような味わいでした。代表と自分の味覚も近いと感じ、入社を決めました。
____ 現在は、どのような視点でワインを選んでいますか。
前の会社では、品種の特徴やクラシックなワイン造りなど、ワインの基礎を学びました。一方、ナチュラルワインの面白さを知ったのは、kpオーチャードに入ってからです。どちらか一方を絶対視するのではなく、クラシックなワインを学んだ経験を土台に、何が味わいの違いを生んでいるのかを考えています。
現在、輸入候補となるワインの7割ほどは私が提案し、最終的には代表を含むメンバーで試飲して決めています。日本市場で見たときに、味と価格に納得感があるか。産地の気候やブドウの原価まで踏まえ、生産者が誠実な価格を付けているか。長く付き合える生産者かどうかも含め、フラットに判断しています。
大切に送り出されたワインを、良い状態で飲み手へ届ける責任
____ 今日の「ル・シャン・デュ・ヴァン 2023」は、どのような料理と合わせるのがおすすめですか。
サトウ・ワインズは現在、国内外で高い評価を受けています。このワインは王道のシャルドネなので、料理のジャンルを選ばず、幅広く合わせられると思います。
____ 嘉晃さんとの交流で、印象に残っていることはありますか。
一緒にイベントを回ったとき、嘉晃さんがワインに語りかけるように話す姿が印象に残っています。嘉晃さんにとってワインは、独り立ちした子どものような存在なんです。
瓶詰めしてリリースできる状態になるまでは、親としてできる限り支える。でも、そこから先は自分のものではなく、その子自身の人生が始まる。kpオーチャードの倉庫へ届き、酒販店や飲食店を経て、良い状態で飲み手のもとへ届いている姿を見ると、「良い人に出会えて、本当によかったね」と語りかけるんです。ワインを自分の所有物ではなく、自分とは別の存在として捉えている。その向き合い方が、とても素敵だと思いました。
そこまで大切に送り出されたワインを預かる以上、私たちも中途半端な扱いはできないと、改めて責任を感じました。良い状態を保ち、飲み手のもとへ届ける。それが、インポーターである私たちの役割だと思っています。




