好き嫌いがない。第二回の記事で、私は食についてそう書いた。正真正銘、本当のことで
ある。

ただし、けっしてバカ舌というわけではない(たぶん)。炭酸の抜けたコーラはまっぴら
ごめんだし、伸びきった麺にはひどく落胆するし、冷めてチーズが固まったピザは温め直
してほしい。人並みにおいしい、おいしくない、という感情は持ち合わせているつもり
だ。

それでも、ネパールで、食べ物に対して「これはちょっと......」と思ったことは、ほとん
どない。

理由のひとつは、先入観がないからだろう。ネパールでは、初めて食べるものが多い。当
然、食べるまえに味の想像がつかない。だから口に入れて、「ふーん、こういう味なのか」
と納得する。というより、そういうものだと思うしかない。つまり理想と現実のギャップ
がないのである。そこにあるのは、現実だけだ。

これが日本食となると話は違う。たとえば親子丼なら、食べる前から私の頭のなかには親
子丼が完成している。卵の具合、出汁の甘辛さ、ご飯との一体感。勝手に理想を用意して
しまう。そして実物が出てくれば、どうしたって比べてしまう。

私はネパールに住んでからというもの、好んでネパール料理を食べてきた。かなり順応し
ているし、多少のことでは動じない。そう思っていた。

昨年、西ネパールを旅したときのことである。標高4,260メートル。岩壁の麓に、十数軒の
家が寄り添うように建つ小さな村があった。村人に聞くと、十二世帯ほどが暮らしている
という。

もちろん宿などない。一軒の民家を訪ねると、庭にテントを張らせてもらえることになっ
た。突然現れた旅人に対して、家の主人はずいぶん親切だった。

翌朝、彼はロティを作ってくれた。ロティは、小麦粉に水を加えて混ぜ、丸く薄く伸ばし
て焼いたものだ。硬めの薄いパン、とでも言えばいいだろうか。

ヒマラヤの奥地を旅していると、朝食にロティが出てくることがよくある。作るのが簡単
で、手っ取り早い。タルカリ(野菜を炒めたもの)やアチャール(薬味および漬物)を添
えて食べる。私の好きな朝食のひとつである。

ただ、この日のロティは少し違った。そば粉で作るという。この土地では蕎麦が採れるら
しい。そば粉のロティは初めてだったが、不安はなかった。ロティはこれまで何度も食べ
ている。原料が小麦から蕎麦に変わっただけだ。

主人が生地を鉄板にのせた。しばらくすると、香ばしい匂いが立ちはじめる。いい匂い
だ。これは期待できる。

焼き上がったロティを見て、少し驚いた。でかい。ロティというのは、たいてい薄くて平
べったい。ところが目の前のそれは、ずいぶん厚みがある。しかも大きい。もはや巨大な
パンケーキである。

これがこの村の標準サイズなのか、それとも旅人へのサービスなのかはわからない。いず
れにせよ、朝からずいぶん豪勢ではないか。

私は口を大きく開けて、かぶりついた。うん。これはちょっと......。

ひと口でわかった。味付けがないのだ。そば粉と水を混ぜて焼いただけ。砂糖もない。塩
もない。油もない。

では、何の味がするのか。そば粉を焼いた味がする。以上である。

まずくはない。けっしてまずくはないのだが、おいしいかと聞かれれば、おいしいとは言
い難い。

噛んでいると、口のなかの水分がみるみる奪われていく。ひと口食べる。水を飲む。また
ひと口食べる。また水を飲む。なかなか減らない。ちょっとした大食いチャレンジをして
いるような気分になってきた。

これは朝から大変な仕事を任されてしまったぞ、と思いながら食べていると、ふと主人が
目に入った。

同じロティを食べている。普通に食べている。うまそうに頬張るでもなく、まずそうな顔
をするでもない。ただ、こともなげに食べている。

そこで、はたと気づいた。この人は、そもそも「おいしいか、おいしくないか」でこれを
食べているのだろうか。

標高4,000メートルを超えるこの土地では、育つ作物が限られている。米は難しい。野菜
だって何でも採れるわけではない。でも蕎麦が育つ。だから蕎麦を粉にして、水で練っ
て、焼いて食べる。単純な話だ。

考えてみれば、人間はずっとそうやって食べてきたのだろう。土地で採れるものを、食べ
られるようにして食べる。今日の気分は蕎麦じゃない、などと言っている場合ではない。

おいしいということは、どれほど大切にすべきことなのか。目の前で淡々とロティを食べ
る主人を見ているうちに、よくわからなくなってきた。

私はまたロティを齧った。味はまったく変わらない。奇跡は起こらなかった。

でも不思議なことに、食べ終えるころには、まあ悪くはないなと感じていた。腹が満たさ
れたからなのか。この土地で採れたものを、この土地で暮らす人と一緒に食べているから
なのか。それとも、たんに舌が慣れただけなのか。

しばらく休んだあと、主人に礼を言い村を出た。歩きながらあらためて考えた。果たし
て、おいしいものを食べることは、自分の人生にとってどのくらい重要なのだろう。

我ながら難しい問いである。毎日のように食べ物のことを考え、こんな連載まで書いてい
る人間が考えることではない気もする。おいしさとは、無くてはならないものなの
か......。なんだか哲学的な話になりそうだ。とりあえず、何かおいしいものでも食べて気
を紛らすことにしよう。

根津貴央

ハイキングが専門分野のライター。
2012年にアメリカのロングトレイル「パシフィック・クレスト・トレイル(PCT)」を歩き、2014年からは仲間と共にネパールの「グレート・ヒマラヤ・トレイル(GHT)」を踏査中。著書に『ロングトレイルはじめました。』(誠文堂新光社)、『TRAIL ANGEL』(TRAILS)がある。
2025年春にネパールへ移住し、いまはカトマンズの暮らしを楽しみながら執筆を続けている。ネパールの地酒・チャンが大好物。