天草酒造

明治32年(1899年)創業、天草唯一の焼酎蔵「天草酒造」。

目の前には美しい海、 その先は鹿児島県の獅子島、長島という立地条件。そのため鹿児島の文化に大きく影響を受けてきました。芋焼酎蔵として創業したものの、昭和後期の減圧米焼酎ブームの影響で一時は、米・麦の焼酎蔵に。大学卒業後に帰郷した四代目の平下豊さんが、7年の構想を経て、一度は途絶えてしまった芋焼酎「池の露」を平成18年(2006年)に復活させました。

「池の露」復活当初は、芋で生計を立ててる農家さんが天草島内には居なかったため、鹿児島県志布志市の農家さんから週に一度トラックで運んでもらっていました。

これまでも自社畑でも芋作りは行っていましたが、コロナ禍・芋の基腐(もとぐされ)病をきっかけに、本格的に農業に参入することを決意。現在では黄金千貫や紅はるかなど原料の芋を、自社畑や天草島内の農家さんで全量賄うことができるようになりました。

麹から生まれるもろみの味わいが、ダイレクトに味に反映されるため、一般的に日本酒の酒蔵は、お酒の品質を決定づける「麹」を手で仕込みます。

一方焼酎の場合、最終的に蒸留するためか、麹から手づくりする蔵はそれほど多くはありません。天草酒造では麹の仕込みや蒸留などの全工程で、もろみの良さを全部引き出したいという理由から、洗米や麹造りも手作業で行い、徹底した温度管理をはじめ、人の手でできるところは極力人の手で行っています。

発酵は三代目が「芋焼酎復活のときのために」と保存しておいた創業当時の和甕を使用。甕で仕込むことでその甕ごとの特徴が付き、天草酒造独特の香りが生まれます。

蒸留に関しては、「ちいさな蔵だからこそできるものを」と、通常の蒸留方法に加えて、蒸留時間が2倍もかかる「チンタラ蒸留」ともいわれる昔ながらの蒸留方法(兜釜式蒸留)にも取り組んでいます。

2021年5月には、天草の魅力発信拠点としてKANPAI AMAKUSAをオープン。目指したのは、「天草の住人と、天草に興味を持った人とのハブになること」。

天草酒造は120年の間、まちの人や自然に育まれながら焼酎をつくってきた蔵。天草という地域の発展なしに天草酒造の発展はありえないと考えています。だからこそ、天草を訪れる人をもっと増やしたい。焼酎のファンの前に、天草のファンを増やしたい。行動指針は儲かるか儲からないかじゃない。「それが天草のためになるかどうか」だと熱く語ってくれます。